4
ファミレスにつくと決まった所作────メニューを見て頼んだり水を持ってきたり────を終わらせると、駒場はぽつぽつと喋り出した。
「私、昔から肺が弱くてね。歩いたり階段を登るだけで息切れしちゃうし。子供の時はろくに学校行けなかったんだよ。中学生のころかなあ? 手術して、どうにか学校には通えてたんだけど、高校生になるのは難しいってハッキリ言われちゃってね。それで書き出したってわけ」
時折ドリンクに刺したストローをいじりながら、駒場は答える。元気そうな表情は少し薄れ、憂いのある表情が見えつつあった。いままで、からげんきをしていたということだろうか。
「……それで俺にも勧めてきたってわけか」
「まあそうでもしないと何もなんないってのもあるから半々だけどねー。考えすぎると自分を責めちゃうし、吐き出す方法を知っとくのはアリだと思うよ。現に私がそれだったし」
「人間追い詰められると、遺したくなるもんなんだな」
冷静に会話を続けているが、突如現れた同じ境遇を持った人間の存在に俺は動揺を隠せずにいた。
「最初は教科書に載るレベルのもの書かなきゃ!なーんてと思ってたけど、それは諦めた。でも何でもいいから作品を残していけば、きっと私でも歴史に名を残せる。そう考えたんだ」
駒場は至って真剣な表情で答える。
その目は本当にそれを願っていることがひしひしと伝わってくるものだった。
「でも本はもう出してたじゃないか。夢は叶ってるようなもんだろ」
「まあそれ自体は達成できたかもね」
「じゃあなんで誘ったんだよ」
「うーん、共感されないかもだけど。伊沢くんは本読んでて、この人私と同じ気持ちかも!って思ったことはない? もしかしたら前世はこの人だったりして?みたいな」
年のせい、と言われれば頷くしかないが、自分は実は特別だったかもしれないと思うのは一度通る道だ。
みながそれを繰り返して自己肯定感の量を定めていく。結果的に自分はそうでもないな、というところに落ち着くまでがセットだ。
「……一度くらいは」
「なーんか苦い過去がありそうな顔だね。まあでも、ばぶ駒場は考えたんだよね。来世これをきっかけにまた会えたらとっても素敵だと思うんだよ!ってね!」
「……それは俺と?」
「もちろん! 話してて思ったけど、たぶん伊沢くんと私って似てると思うんだよね! いまはそんなだけど、素は私好みって感じがするっていうか……。不思議と昔から隣にいた?君?って感じがするんだよね。安心感がだんちと言いますか」
ぶいとこちらに指を向けてくる。
その後に、照れて頬をぽりぽりと掻いた。
「過大評価しすぎだろ」
と言っても、そう思ってくれること自体は嬉しい。
照れ隠しでストローに口をつけたが、ずるるっと空っぽのアラームが鳴るだけだった。逆に恥ずかしい。
「寿命はどのくらいって言われてるんだ?」
「タイムリミットっていうのは大げさだったかな。寿命って言っても、いつかはわかんないんだ。引き延ばしされ過ぎちゃってさ」
おもむろに駒場はリュックサックからあるノートを取り出す。
「ほら見てよやりたいことリストもほぼ終わってる感じ。もしかしたら、明日死ぬかもしれないし、1年生きるかもしれない。実は今日かもしれない。1日1日のスリル、かなりあるよ?」
「やめてくれよ、縁起でもない」
駒場が出してきたノートには、彼女の筆跡でやりたいことがずらりと書いてあった。
北海道に行きたい、バンジージャンプしたい、湯治旅行に行ってみたい…などなど。
そのすべてが横線によって上書きされている。
つまりは、彼女も死ぬことを危惧してやりたいことを埋めていたのだ。
その場その場で書き足していたのだろう。
ペンが赤や黒、青や太さがバラバラで時折付け足して書いていたことがうかがえる。
ノートの古さからしてみても、かなり前から作っていたことが伝わってきた。
「見てもいいか?」
「うん、いいよ」
見入るようにぺら、ぺらとめくっていく。
その中に、電子書籍を出したいといった内容が書かれていた。
文頭にはちゃっかり丸文字で「伊沢くんと」と書き足されている。
「ねぇ、君と付き合ったときのこと覚えてる?」
付き合ったと言っても半ば強引だった。
彼女の熱量に押されて、と言えば簡単かもしれないが、やはり期待してしまっていたのだろう。
孤独でいるより、心が救われるのではないか。
際限なく明るい駒場といれば、少しは前を向けるのではないか。
関わっていくうちに、この人となら前向きにいられると頭の片隅で思っていた。
実際彼女と出会ってから自分の口数は多くなってきたし、思い描いていた普通を感じることも多くなっていたからだ。
俺は正直に思っていることを駒場に打ち明けた。
自分が置かれている境遇の事、本当は孤独でいるのが怖いこと。
駒場と一緒にいれば明るくなれる気がすること。
そんな気持ちでもいいのならと伝えたところ、それでもいーよ?と言ってくれたのが、この関係の始まりだった。
当初、その言葉を聞いたとき俺は拍子抜けしてしまった。
この病気のことを、自分の行く末を誰かに伝えたとき、高校生にとってそれは重すぎると思っていたからだ。思っていた人とは違かった、予想してなかったと思われても仕方ないことだと考えていただけに、すんなり受け入れられたのが驚きだった。
年相応の明るい日々を過ごせるかもしれない。
その予想が確信へと変わるのは思ったよりも早かった。
気付けば明日を、1か月先の楽しいことを考えられるまでになっていたからだ。
この本屋デートだって彼女の牽引さがなければ、俺は残りの一生を部屋のなかで過ごしていたことだろう。
「君を見た時に、ぴんってきたんだ。あ、私の時と同じだって。もしかして私が落ち込む前にこの道を知っていたら? 落ち込む君のことを救えたらって。そしたら、昔の私が報われるかなって思ってた節はあるかもね。……幻滅した?」
いつも元気そうな彼女が後ろめたそうな顔をした。きっと彼女は騙してるような気分だったのだろう。もしくは過去の整理のため利用していたかのような居心地の悪さ。
しかし駒場が想定している心配とは別に、俺はいや、むしろ合点がいった。と考えていた。付き合えた嬉しさも反面、内心なぜわざわざ俺なんかと……と思っていたのだ。
その明るさがあれば、きっと俺なんかよりも良い人がいるはずなのに、と。
「そっか、俺と同じ……」
「あーでも、あれだよ? 厳密には違うよね。だから本当に1から10まで同じとは思ってない」
「まあでもほとんど同じだよ、というよりむしろ……」
駒場の方が……きっと辛い。
いつ死んでもおかしくないと言われて、やりたいこともだんだんとなくなっていく日々がどんなに苦しいものなのか。
想像するだけで、気が触れてしまいそうだ。
その状況においても彼女は無邪気で元気な自分を保ち続けている。
他の誰よりも苦労しているはずなのに。
彼女に向けていた尊敬や憧れが、好意に転じていくのを実感する。
少なくとも、俺にはできない。
「ま、さすがに慣れたってことだと思うんだよね。最初の時は、血液検査も痛くて嫌だったけど何も感じなくなっちゃったもん。薬は増えるばっかだし、いっそこと息を止めてくれ!なんて思っちゃうこともあるけどさ。それだけじゃ生きていけないから。死ぬのが分かってても」
「……そんなこと言わないでくれ」
駒場は十分頑張っている。
それを伝えるために手を固く握る。
「……はは、ごめん言いすぎちゃったかな。うん、でも話はまだ途中でね? 君と会ってからやりたいことが増えて、もっと生きたいって思っちゃった」
駒場は握った手を再び固く握りしめて、こちらに向いた。
「私も離れたくない。だから、いまだけ頑張って来世に遺すの。私たちがまた会えるように、今度は末永く愛しあえますようにって。死んだ恋人同士が双子で産まれたり、手に取った本で繋がる縁が運命的なものだったり、ね。そういうことあるらしいよ? この前テレビでやってた」
「テレビ由来かよ」
「いいじゃん、君が見てる動画サイトも言うて適当こいてるでしょーが。こういうのはね、思うのが大事なんだよ。近付いた魂の距離は変わらない。そこが大切。すこーしだけスピリチュアルだけどね」
少しだけというより、かなりスピリチュアルな話ではある。
だけど何かきっかけを残してさえいれば、来世もきっと2人は会える。
そう思うだけで心が軽くなれたような気がした。
……いつもこの人は俺の心を明るくしてくれる。
「そうだな、そうなってほしいな俺も。来世でも、そばにいてほしい」
「ふふっ、やっぱ好きって伝えてよかったな君に」
お互い涙目になっている。
傍から見れば何をやってるのかと思われそうだが、握った手を通じて彼女と深い縁が繋がれたような気がした。
「というわけで、どう? 書きたいもの見つかったかな?」
彼女の告白を受けて、自分の中に書きたい気持ちが湧いてきていた。
いや、後世に遺したい、そう思えるものが。
「うん、頑張ってみるよ。もう少しだけ」
ファミレスにつくと決まった所作────メニューを見て頼んだり水を持ってきたり────を終わらせると、駒場はぽつぽつと喋り出した。
「私、昔から肺が弱くてね。歩いたり階段を登るだけで息切れしちゃうし。子供の時はろくに学校行けなかったんだよ。中学生のころかなあ? 手術して、どうにか学校には通えてたんだけど、高校生になるのは難しいってハッキリ言われちゃってね。それで書き出したってわけ」
時折ドリンクに刺したストローをいじりながら、駒場は答える。元気そうな表情は少し薄れ、憂いのある表情が見えつつあった。いままで、からげんきをしていたということだろうか。
「……それで俺にも勧めてきたってわけか」
「まあそうでもしないと何もなんないってのもあるから半々だけどねー。考えすぎると自分を責めちゃうし、吐き出す方法を知っとくのはアリだと思うよ。現に私がそれだったし」
「人間追い詰められると、遺したくなるもんなんだな」
冷静に会話を続けているが、突如現れた同じ境遇を持った人間の存在に俺は動揺を隠せずにいた。
「最初は教科書に載るレベルのもの書かなきゃ!なーんてと思ってたけど、それは諦めた。でも何でもいいから作品を残していけば、きっと私でも歴史に名を残せる。そう考えたんだ」
駒場は至って真剣な表情で答える。
その目は本当にそれを願っていることがひしひしと伝わってくるものだった。
「でも本はもう出してたじゃないか。夢は叶ってるようなもんだろ」
「まあそれ自体は達成できたかもね」
「じゃあなんで誘ったんだよ」
「うーん、共感されないかもだけど。伊沢くんは本読んでて、この人私と同じ気持ちかも!って思ったことはない? もしかしたら前世はこの人だったりして?みたいな」
年のせい、と言われれば頷くしかないが、自分は実は特別だったかもしれないと思うのは一度通る道だ。
みながそれを繰り返して自己肯定感の量を定めていく。結果的に自分はそうでもないな、というところに落ち着くまでがセットだ。
「……一度くらいは」
「なーんか苦い過去がありそうな顔だね。まあでも、ばぶ駒場は考えたんだよね。来世これをきっかけにまた会えたらとっても素敵だと思うんだよ!ってね!」
「……それは俺と?」
「もちろん! 話してて思ったけど、たぶん伊沢くんと私って似てると思うんだよね! いまはそんなだけど、素は私好みって感じがするっていうか……。不思議と昔から隣にいた?君?って感じがするんだよね。安心感がだんちと言いますか」
ぶいとこちらに指を向けてくる。
その後に、照れて頬をぽりぽりと掻いた。
「過大評価しすぎだろ」
と言っても、そう思ってくれること自体は嬉しい。
照れ隠しでストローに口をつけたが、ずるるっと空っぽのアラームが鳴るだけだった。逆に恥ずかしい。
「寿命はどのくらいって言われてるんだ?」
「タイムリミットっていうのは大げさだったかな。寿命って言っても、いつかはわかんないんだ。引き延ばしされ過ぎちゃってさ」
おもむろに駒場はリュックサックからあるノートを取り出す。
「ほら見てよやりたいことリストもほぼ終わってる感じ。もしかしたら、明日死ぬかもしれないし、1年生きるかもしれない。実は今日かもしれない。1日1日のスリル、かなりあるよ?」
「やめてくれよ、縁起でもない」
駒場が出してきたノートには、彼女の筆跡でやりたいことがずらりと書いてあった。
北海道に行きたい、バンジージャンプしたい、湯治旅行に行ってみたい…などなど。
そのすべてが横線によって上書きされている。
つまりは、彼女も死ぬことを危惧してやりたいことを埋めていたのだ。
その場その場で書き足していたのだろう。
ペンが赤や黒、青や太さがバラバラで時折付け足して書いていたことがうかがえる。
ノートの古さからしてみても、かなり前から作っていたことが伝わってきた。
「見てもいいか?」
「うん、いいよ」
見入るようにぺら、ぺらとめくっていく。
その中に、電子書籍を出したいといった内容が書かれていた。
文頭にはちゃっかり丸文字で「伊沢くんと」と書き足されている。
「ねぇ、君と付き合ったときのこと覚えてる?」
付き合ったと言っても半ば強引だった。
彼女の熱量に押されて、と言えば簡単かもしれないが、やはり期待してしまっていたのだろう。
孤独でいるより、心が救われるのではないか。
際限なく明るい駒場といれば、少しは前を向けるのではないか。
関わっていくうちに、この人となら前向きにいられると頭の片隅で思っていた。
実際彼女と出会ってから自分の口数は多くなってきたし、思い描いていた普通を感じることも多くなっていたからだ。
俺は正直に思っていることを駒場に打ち明けた。
自分が置かれている境遇の事、本当は孤独でいるのが怖いこと。
駒場と一緒にいれば明るくなれる気がすること。
そんな気持ちでもいいのならと伝えたところ、それでもいーよ?と言ってくれたのが、この関係の始まりだった。
当初、その言葉を聞いたとき俺は拍子抜けしてしまった。
この病気のことを、自分の行く末を誰かに伝えたとき、高校生にとってそれは重すぎると思っていたからだ。思っていた人とは違かった、予想してなかったと思われても仕方ないことだと考えていただけに、すんなり受け入れられたのが驚きだった。
年相応の明るい日々を過ごせるかもしれない。
その予想が確信へと変わるのは思ったよりも早かった。
気付けば明日を、1か月先の楽しいことを考えられるまでになっていたからだ。
この本屋デートだって彼女の牽引さがなければ、俺は残りの一生を部屋のなかで過ごしていたことだろう。
「君を見た時に、ぴんってきたんだ。あ、私の時と同じだって。もしかして私が落ち込む前にこの道を知っていたら? 落ち込む君のことを救えたらって。そしたら、昔の私が報われるかなって思ってた節はあるかもね。……幻滅した?」
いつも元気そうな彼女が後ろめたそうな顔をした。きっと彼女は騙してるような気分だったのだろう。もしくは過去の整理のため利用していたかのような居心地の悪さ。
しかし駒場が想定している心配とは別に、俺はいや、むしろ合点がいった。と考えていた。付き合えた嬉しさも反面、内心なぜわざわざ俺なんかと……と思っていたのだ。
その明るさがあれば、きっと俺なんかよりも良い人がいるはずなのに、と。
「そっか、俺と同じ……」
「あーでも、あれだよ? 厳密には違うよね。だから本当に1から10まで同じとは思ってない」
「まあでもほとんど同じだよ、というよりむしろ……」
駒場の方が……きっと辛い。
いつ死んでもおかしくないと言われて、やりたいこともだんだんとなくなっていく日々がどんなに苦しいものなのか。
想像するだけで、気が触れてしまいそうだ。
その状況においても彼女は無邪気で元気な自分を保ち続けている。
他の誰よりも苦労しているはずなのに。
彼女に向けていた尊敬や憧れが、好意に転じていくのを実感する。
少なくとも、俺にはできない。
「ま、さすがに慣れたってことだと思うんだよね。最初の時は、血液検査も痛くて嫌だったけど何も感じなくなっちゃったもん。薬は増えるばっかだし、いっそこと息を止めてくれ!なんて思っちゃうこともあるけどさ。それだけじゃ生きていけないから。死ぬのが分かってても」
「……そんなこと言わないでくれ」
駒場は十分頑張っている。
それを伝えるために手を固く握る。
「……はは、ごめん言いすぎちゃったかな。うん、でも話はまだ途中でね? 君と会ってからやりたいことが増えて、もっと生きたいって思っちゃった」
駒場は握った手を再び固く握りしめて、こちらに向いた。
「私も離れたくない。だから、いまだけ頑張って来世に遺すの。私たちがまた会えるように、今度は末永く愛しあえますようにって。死んだ恋人同士が双子で産まれたり、手に取った本で繋がる縁が運命的なものだったり、ね。そういうことあるらしいよ? この前テレビでやってた」
「テレビ由来かよ」
「いいじゃん、君が見てる動画サイトも言うて適当こいてるでしょーが。こういうのはね、思うのが大事なんだよ。近付いた魂の距離は変わらない。そこが大切。すこーしだけスピリチュアルだけどね」
少しだけというより、かなりスピリチュアルな話ではある。
だけど何かきっかけを残してさえいれば、来世もきっと2人は会える。
そう思うだけで心が軽くなれたような気がした。
……いつもこの人は俺の心を明るくしてくれる。
「そうだな、そうなってほしいな俺も。来世でも、そばにいてほしい」
「ふふっ、やっぱ好きって伝えてよかったな君に」
お互い涙目になっている。
傍から見れば何をやってるのかと思われそうだが、握った手を通じて彼女と深い縁が繋がれたような気がした。
「というわけで、どう? 書きたいもの見つかったかな?」
彼女の告白を受けて、自分の中に書きたい気持ちが湧いてきていた。
いや、後世に遺したい、そう思えるものが。
「うん、頑張ってみるよ。もう少しだけ」