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「枕草子。注文の多い料理店。人間失格」
「急にどうした」

 チャイムが鳴り、昼食の時間になる。
 筆記用具をしまうと、他の生徒はぞろぞろと立ち上がる。

 それぞれお気に入りの位置があるのだろう。
 その後、すぐに仲の良いグループが形成された。

「さて問題です。この作品は何年前に出来たものでしょう?」

 席を立とうとする俺を引き留めるように話しかけてきたのは、隣の席の駒場夕梨(こまばゆうり)だ。
 うちの学校は隣の席で当番を任される関係上、あることをきっかけに話すようになった。
 
 そしてクラスで唯一、俺の病気を理解している人だ。

 夕梨は答えてよう、という顔をしてちいさな弁当をこちらの席に乗せてくる。
 100円パンを持ち寄る生徒が多い中、駒場は2段になった弁当をしっかり持ってきていた。

「知らない」
「じゃあ、これらの共通点は?」

 どうやら答えるまで席を立つのは許してもらえないらしい。
 購買のパンを買いに行きたかったが、しぶしぶ答える。

「……昔の物語、くらいか?」
「うん、当たらずも遠からずって感じかな。一応はどんな感じかは知ってる?」
「まあ」

 枕草子は平安時代、あとの二つは写真が残ってるくらいだから近代なのは間違いない。
 その程度の認識で良いのなら覚えている。

「じゃあその人たちの気持ちは?」
「何が言いたいんだよ」

 遠回りな質問に俺は怪訝そうな表情で、駒場を薄目で見ながら答える。

「……読めばわかるだろ」

 これが引き出したかった答えらしい。
 聞いた途端に、駒場の顔がぱぁっと明るくなる。

「そう、そのとおり! 読めばわかるんだよ! 何を食べて何を思って、何を考えて過ごしてきたのかが! 後世に残るって言ったほうがいいかな? 誰も彼も亡くなってるのに100年も1000年も前の人のことがわかるんだよ。それって…面白くないかな?」
 
「まあ、そう言われると確かに」

 人間の寿命は哺乳類にしては長い方だ。
 それでも生きていられるのは、最高でも100年前後。

 俺のような訳あり人間は20年足らずでいなくなってしまう。
 しかし、文章や絵は100年を超えて何百年も残り続ける。

 駒場はそれを言いたかったらしい。

「でしょでしょ!」
「言いたいことは分かった。でも、なんでその話を?」
「まーた暗そうな顔してたからだよ! ずっと空ばっかみて、ため息ついてたしー!」

 むにぃっと頬にひとさし指を突き刺してくる。

「い、いふぁい……」
「無理矢理笑顔にしたんですー! 感謝してよね?」

 内心納得いかない。
 が、彼女が自分のことを思って行動してくれていることはわかる。

 それは仲良くなってから気付いたことだが、
 彼女はどこまでも相手のことを思える人だった。

 上辺だけではなく、本当に自分に元気になってもらいたい。
 その気持ちがなければ、自分の状況を聞いたうえで寄り添ってくれるはずがない。

 その点は信頼していた。
 彼女の俺のことを思う気持ちは本物なのだ、と。

「というわけで、君も書いてみない?」
「はっ?」
「いいじゃんいいじゃん、私、君の事もっと知りたいし。文章ってね、意外とその人の人となりっていうのが出るんだよ?」

 そう言われて、ハッと思い出す。
 思えば、駒場と話始めるきっかけからして奇特なものだった。

 彼女は人の文章を見るのが好き……らしい。
 日誌の文章を見られ「暗すぎ!」と笑われたのを覚えている。

「で? どう、やってみない?」

 正直興味がないわけじゃない。
 ただ素人の自分が書けるかと言われると……という点で頭に引っかかる。

「あ、また自分なんかが……みたいな顔してる。んじゃあ、今度本屋いこ本屋! 絶対君、いい文章書けると思うんだよね~」

 駒場はそう言うと自分の筆箱からボールペンを出して芯を出した。

 「まま、とりあえずやりたいことリストに書こう!」

 目線が俺のバッグへと向かう。

 やりたいことリストというのは正真正銘、余命間近な人間がやる行動第一位。ノートにやりたいことを箇条書きにして、実行していくそのもののことだ。

 言ってしまえば、死ぬ前の心の整理だろうか。余命が決まった日から虚無を感じていた俺は一切やってなかったのだが、彼女がやれと言ったのでやった。

 というより、やらないと帰してくれないので書かざるを得なかった。彼女曰く「次のことを考えたら前向きになれるよ!」とのことだったが、真偽は不明である。

「こんなの、何年やっても埋まらないぞ」

 ボールペンを受け取りながら、せめての反抗として小言を言う。

「埋まらなくてもいいの! 意外とやってきたな~、探してみると100個もないな~ってとこからが始まりなんだから! やりたいこと埋めつつ、新しくやりたいこと見つければいいんだよ。今日みたいに私が、たっくさんやりたいこと見つけてきてあげる!」

 そんなネガティブなものは、ちっぽけなもんだ!という風に、にこーっと笑う。
 彼女の笑顔には力がある。こちらもつられて笑ってしまいそうだ。

「ま、今回に限っては私のわがままなんだけどね」

 駒場は自分のスマホをすっと差し出してきた。
 手帳型のスマホケースを開くと、かわいい壁紙が目に映る。

 指紋認証で画面を開くとあるページが出てきた。
 写っているページには電子書籍の作り方がざっくばらんに書いてある。

「私、本出したいんだけど、どうせなら君とって思ってね、誘ってみた」
「いまはそんなサービスがあるんだな」
「そう!これなら素人でも出せちゃうよ。良い世の中だよね~」

 駒場は手持ち無沙汰なのか、人差し指でページをスクロールする。
 文字は読めなかったが、サンプルがいくつか流れていった。

 出している人がそれだけいるということだ。
 ……もしかしたら、熱量の高い個人がいろいろ出してるだけなのかもしれないが。

「で、書くたって何をすればいいんだ?」
「うーん毎日じゃなくてもいいよ、日記でもいいの。で、ほどほどに書けたら私に見せてよ! そんで1年後電子書籍で出す!ってのはどうかな?」

「俺、1年後は死んでるんだけど……」
「なんだよ~、もしかしたら生きてるかもしれないじゃん? 寿命って推定って聞いたことあるよ?」

 そう寿命はそこが辛いとこなのだ。
 何月何日に命が終わると決まっているわけじゃない。

 もしかしたら余命日手前に亡くなることもあるし、
 余命宣告されてから何年も生き延びた例だってある。

「じゃあ半年後! 君が読めるレベルに書けたら製本作業は私がするからさ~! ねっ!」
「あのな……俺にはやることが……」

「それは嘘。さっきまでやることない~!って顔してた! というわけで、休日は本屋に決定! まずはテーマ探しにごーごー!だ! ……付き合ってくれる?」