今日は、琉夏と2人で買い物に来た。
電車で4駅行ったところにある、大型のショッピングモールだ。
この間は近所のスーパーにしか行けなかったから、琉夏と一緒にここに来たかったのだ。
日曜日なので人が多いが、はぐれそうなほどではない。
「……ここ、来たことがあります。」
「そうなの?」
目を丸くして辺りを見回す琉夏に、驚いて聞き返す。
琉夏はあそこに捨てられていたということは、琉莉さんの自宅だって、遠くはないだろう。
そう考えれば十分あり得る話なのに、つい反応してしまった。
「琉莉とよく来ていたのが、ここなんです。」
「そうだったんだ。私もたまに来てたから、もしかしたらすれ違ってたかもね。」
私が小さく笑うと、琉夏は「そうですね。」と短く答えた。
琉夏は顔が整っているから目立つかもしれないが、1度ちらりとでも見たら忘れないほど、強烈な容姿をしているわけではない。
ピンクや緑等派手な髪色のアンドロイドは目立つが、琉夏は黒髪だ。
「今日はどこを見るんですか?」
「楽器屋さん行こう!」
「わかりました。」
私が歩き出すと、琉夏は隣に並んだ。
後ろを着いてくることが多かったが、馴染んだ場所だからだろうか。
……少し嬉しいな、なんて。
エスカレーターで3回まで上がって、楽器屋を目指す。
通りかかった店に、琉夏は自然と目を向けた。
「……ここ、琉莉が好きな店です。」
「そうなんだ? 可愛い服いっぱい売ってるね。」
つい立ち止まって、琉夏が見ている方に目を向けた。
可愛らしい印象の服が並んだ、若い女性が好みそうなブランドの店。
可愛いものが好きで、お洒落な、女の子~といった人が着ていそうだ。
「ここに来たら必ず、この店に来ていました。月に何度も来るのに、毎回1時間以上見ているんですよ。」
「服を見るのが好きだったんだね。」
店内を眺めて、琉夏は懐かしむように目を細めた。
月に何度も、って、しょっちゅう来ていたんだな。
私は月に2度も来ないくらいだったが、本当にすれ違っていたかもしれない。
「はい。職場だとあまり好きな格好はできないから、と休日は色々お洒落していました。可愛いんです。」
「可愛らしい人をイメージしてたよ。髪が長くてふわふわしてそう。」
私が言うと、琉夏はくすりと笑った。
愉快そうに目を閉じて「してますねー!」と言う。
「ヘアアレンジも好きで、毎朝髪を巻いていました。薄茶色の細い髪なので、カールが似合うんです。」
「何か、想像できちゃうなぁ。」
私も釣られてくすっと笑った。
本当に、この店の服が似合いそうな容姿。
なんて思っていると、琉夏が私の髪を梳いた。
「わっ、びっくりした……どうしたの?」
若干避けながら聞くと、琉夏は優しく微笑んだ。
「心優さんも、髪を巻くの似合いそうですよね。」
「私は似合わないよ? 琉莉さんとは、髪質が違うと思う。」
撫でるように髪を梳いてくる琉夏から逃げるように後ずさる。
苦笑すると、琉夏は残念そうに眉を下げた。
「心優さんも似合うと思いますよ?」
「無理無理。私は、あんまり可愛いの似合わないから。」
「行こ。」と声をかけて、誤魔化すように楽器屋を目指す。
「絶対似合いますのに。」
琉夏は少し不満そうだったけど、急いで私の横に並んだ。
5件分ほど歩いて、目当ての楽器屋に着く。
と言っても、べつに楽器を買うわけではないのだが。
楽譜が並んでいる棚を通り過ぎ、白紙の五線譜を手に取る。
「それを買うんですか?」
「うん。楽譜は紙派なんだ。」
不思議そうに聞いてくる琉夏に、小さく頷いて答える。
「何も書いていない物ですか?」
「うん。白紙を買いにきたんだ。」
迷わずレジに歩いて行くが、琉夏はまだ不思議そうだ。
無人レジに商品を置き、スマホをかざす。
それだけで会計が完了して、商品を鞄に入れた。
「琉夏の弾いてる曲、楽譜に起こそうと思って。」
「成程。いいですね!」
やっと納得がいった様子の琉夏に、「楽譜書ける?」と聞いてみる。
書けなければ私が耳コピで書くのだが。
「書けますよ。是非書かせてください!」
「ありがとう。」
琉夏は張り切ったように手のひらを握る。
子供っぽくて可愛らしい仕草だ。
「帰ったら早速書きたいです!」
「ありがとう。食材買ったら帰ろう。」
既にわくわくしている様子の琉夏は、すぐにでも帰りたそうだ。
残りの買い物は手早く済ませて、早く帰ろう。
楽器屋を出て、今度はエスカレーターを1回まで下りる。
食料品売り場に行こうとすると、琉夏がふと立ち止まった。
「琉夏? どうしたの?」
はっとしたような表情でどこか1点を見ている琉夏に声をかける。
水色の瞳が水面のように揺れていて、何だか心配になった。
「……いえ、何でもありません。行きましょう。」
ふいと視線を逸らした琉夏は、誤魔化すように笑った。
琉夏が見ていた方を振り返っても、特に何も目立ったものはなかった。
「――心優さん、そろそろ寝ませんか?」
12時を回ってもベッドに入ろうとしない私を見て、琉夏は心配そうに言った。
琉夏は私を――高校生を子供だと認識しているようだから、心配してくれているのだろう。
「明日、遅刻したら大変ですよ。」
「そうだね、ごめんごめん。」
眺めていた楽譜をテーブルの上に置いて、琉夏の方を向く。
琉夏はそんな私を見て、嬉しそうに笑った。
「ずっと、楽譜を見ていましたね?」
「嬉しくて!」
琉夏がインクで書いてくれた楽譜を、まるで小説か何かのように読み込んでいた。
丁寧に書かれた丸が五線譜の上に踊っていて、強弱や速度を表す英語は、少し丸っこくて可愛らしい。
丸が整っているのは、アンドロイドだからだろう。
人間は、ここまで正確に丸を書くことができない。
文字が丸いのは、琉莉さんの影響だろうか。
「ありがとうございます。楽譜は明日でもゆっくり見られますから、睡眠不足になる前に寝ましょう。」
「わかった。ありがとう。」
一足先に寝転んでいた琉夏の隣に上がる。
私が横になると、琉夏はいつものようにくっついてきた。
「……心優さん、質問いいですか?」
「いいよ?」
琉夏は何故か少し畏まって聞いてくる。
少し体を動かして、琉夏の方に顔を向けた。
「人間とアンドロイドの違いって、何だと思いますか?」
てっきり琉夏は私を見ていると思ったが、見ていなかった。
水色の瞳は何を見るわけでもなく、上空に向いている。
どういう質問なのだろうか。何だか難しい話だ。
「うーん……『涙』が出るかどうか、とか?」
少し考えてから、思い至った答えを出す。
アンドロイドは人間と同じような表情ができる。感情を持っている。
けれど、涙は流すことができない。
一番の違いはそれではないだろうか。
「成程。そういう意見も、あるんですね。」
「琉夏は? 琉夏はどう思うの?」
真剣な表情で頷く琉夏に、今度は私から聞いてみる。
琉夏は私には目を向けないまま、「そうですね……。」と呟いた。
「僕は――『思考』、だと思うんです。」
「『思考』?」
私が繰り返すと、琉夏は深く頷いた。
唇が上がっていなくて、なんだか不安になる。
「アンドロイドの思考結果は、人間に似せられています。それでも、所詮は、0と1だけで計算された結果で――演算結果は、すぐに出ます。」
アンドロイドも発言などは人間に似ている。思考結果も、人間に似せられている。
けれど過程は、どう頑張っても真似できない。そう言いたいんだろう。
「表面だけは、人間と同じかもしれません。答えは、人間と似ているかもしれません。けれど中身は、どこまでいっても、僕は人間になれないのです。琉莉や心優さんが、思考しているのを見るたびに――そう、実感するんですよ。」
「アンドロイドと人間の違いを?」
琉夏はまたしても深く頷いて、続けた。
優しい声が、しっかりと、何だか重く、言葉を紡ぐ。
「――アンドロイドは、迷えないんです。」
「それって――」
琉夏は私の言葉を遮るように、ゆっくりと目を閉じた。
「それだけです。おやすみなさい。……すみません。」
もう寝なさい、と親が子に言うように。
有無を言わさず、琉夏は会話を終わらせた。
「……うん。おやすみ。」
聞きたいことは、明日聞けばいいしな。
私は琉夏に背を向けて、おやすみを返した。
微かに琉夏の動く音がして――そっと、身体に腕を回される。
今日は、いつも以上にくっついてくるな。
可愛い、なんて思いながら、目を閉じ、眠りについた。
電車で4駅行ったところにある、大型のショッピングモールだ。
この間は近所のスーパーにしか行けなかったから、琉夏と一緒にここに来たかったのだ。
日曜日なので人が多いが、はぐれそうなほどではない。
「……ここ、来たことがあります。」
「そうなの?」
目を丸くして辺りを見回す琉夏に、驚いて聞き返す。
琉夏はあそこに捨てられていたということは、琉莉さんの自宅だって、遠くはないだろう。
そう考えれば十分あり得る話なのに、つい反応してしまった。
「琉莉とよく来ていたのが、ここなんです。」
「そうだったんだ。私もたまに来てたから、もしかしたらすれ違ってたかもね。」
私が小さく笑うと、琉夏は「そうですね。」と短く答えた。
琉夏は顔が整っているから目立つかもしれないが、1度ちらりとでも見たら忘れないほど、強烈な容姿をしているわけではない。
ピンクや緑等派手な髪色のアンドロイドは目立つが、琉夏は黒髪だ。
「今日はどこを見るんですか?」
「楽器屋さん行こう!」
「わかりました。」
私が歩き出すと、琉夏は隣に並んだ。
後ろを着いてくることが多かったが、馴染んだ場所だからだろうか。
……少し嬉しいな、なんて。
エスカレーターで3回まで上がって、楽器屋を目指す。
通りかかった店に、琉夏は自然と目を向けた。
「……ここ、琉莉が好きな店です。」
「そうなんだ? 可愛い服いっぱい売ってるね。」
つい立ち止まって、琉夏が見ている方に目を向けた。
可愛らしい印象の服が並んだ、若い女性が好みそうなブランドの店。
可愛いものが好きで、お洒落な、女の子~といった人が着ていそうだ。
「ここに来たら必ず、この店に来ていました。月に何度も来るのに、毎回1時間以上見ているんですよ。」
「服を見るのが好きだったんだね。」
店内を眺めて、琉夏は懐かしむように目を細めた。
月に何度も、って、しょっちゅう来ていたんだな。
私は月に2度も来ないくらいだったが、本当にすれ違っていたかもしれない。
「はい。職場だとあまり好きな格好はできないから、と休日は色々お洒落していました。可愛いんです。」
「可愛らしい人をイメージしてたよ。髪が長くてふわふわしてそう。」
私が言うと、琉夏はくすりと笑った。
愉快そうに目を閉じて「してますねー!」と言う。
「ヘアアレンジも好きで、毎朝髪を巻いていました。薄茶色の細い髪なので、カールが似合うんです。」
「何か、想像できちゃうなぁ。」
私も釣られてくすっと笑った。
本当に、この店の服が似合いそうな容姿。
なんて思っていると、琉夏が私の髪を梳いた。
「わっ、びっくりした……どうしたの?」
若干避けながら聞くと、琉夏は優しく微笑んだ。
「心優さんも、髪を巻くの似合いそうですよね。」
「私は似合わないよ? 琉莉さんとは、髪質が違うと思う。」
撫でるように髪を梳いてくる琉夏から逃げるように後ずさる。
苦笑すると、琉夏は残念そうに眉を下げた。
「心優さんも似合うと思いますよ?」
「無理無理。私は、あんまり可愛いの似合わないから。」
「行こ。」と声をかけて、誤魔化すように楽器屋を目指す。
「絶対似合いますのに。」
琉夏は少し不満そうだったけど、急いで私の横に並んだ。
5件分ほど歩いて、目当ての楽器屋に着く。
と言っても、べつに楽器を買うわけではないのだが。
楽譜が並んでいる棚を通り過ぎ、白紙の五線譜を手に取る。
「それを買うんですか?」
「うん。楽譜は紙派なんだ。」
不思議そうに聞いてくる琉夏に、小さく頷いて答える。
「何も書いていない物ですか?」
「うん。白紙を買いにきたんだ。」
迷わずレジに歩いて行くが、琉夏はまだ不思議そうだ。
無人レジに商品を置き、スマホをかざす。
それだけで会計が完了して、商品を鞄に入れた。
「琉夏の弾いてる曲、楽譜に起こそうと思って。」
「成程。いいですね!」
やっと納得がいった様子の琉夏に、「楽譜書ける?」と聞いてみる。
書けなければ私が耳コピで書くのだが。
「書けますよ。是非書かせてください!」
「ありがとう。」
琉夏は張り切ったように手のひらを握る。
子供っぽくて可愛らしい仕草だ。
「帰ったら早速書きたいです!」
「ありがとう。食材買ったら帰ろう。」
既にわくわくしている様子の琉夏は、すぐにでも帰りたそうだ。
残りの買い物は手早く済ませて、早く帰ろう。
楽器屋を出て、今度はエスカレーターを1回まで下りる。
食料品売り場に行こうとすると、琉夏がふと立ち止まった。
「琉夏? どうしたの?」
はっとしたような表情でどこか1点を見ている琉夏に声をかける。
水色の瞳が水面のように揺れていて、何だか心配になった。
「……いえ、何でもありません。行きましょう。」
ふいと視線を逸らした琉夏は、誤魔化すように笑った。
琉夏が見ていた方を振り返っても、特に何も目立ったものはなかった。
「――心優さん、そろそろ寝ませんか?」
12時を回ってもベッドに入ろうとしない私を見て、琉夏は心配そうに言った。
琉夏は私を――高校生を子供だと認識しているようだから、心配してくれているのだろう。
「明日、遅刻したら大変ですよ。」
「そうだね、ごめんごめん。」
眺めていた楽譜をテーブルの上に置いて、琉夏の方を向く。
琉夏はそんな私を見て、嬉しそうに笑った。
「ずっと、楽譜を見ていましたね?」
「嬉しくて!」
琉夏がインクで書いてくれた楽譜を、まるで小説か何かのように読み込んでいた。
丁寧に書かれた丸が五線譜の上に踊っていて、強弱や速度を表す英語は、少し丸っこくて可愛らしい。
丸が整っているのは、アンドロイドだからだろう。
人間は、ここまで正確に丸を書くことができない。
文字が丸いのは、琉莉さんの影響だろうか。
「ありがとうございます。楽譜は明日でもゆっくり見られますから、睡眠不足になる前に寝ましょう。」
「わかった。ありがとう。」
一足先に寝転んでいた琉夏の隣に上がる。
私が横になると、琉夏はいつものようにくっついてきた。
「……心優さん、質問いいですか?」
「いいよ?」
琉夏は何故か少し畏まって聞いてくる。
少し体を動かして、琉夏の方に顔を向けた。
「人間とアンドロイドの違いって、何だと思いますか?」
てっきり琉夏は私を見ていると思ったが、見ていなかった。
水色の瞳は何を見るわけでもなく、上空に向いている。
どういう質問なのだろうか。何だか難しい話だ。
「うーん……『涙』が出るかどうか、とか?」
少し考えてから、思い至った答えを出す。
アンドロイドは人間と同じような表情ができる。感情を持っている。
けれど、涙は流すことができない。
一番の違いはそれではないだろうか。
「成程。そういう意見も、あるんですね。」
「琉夏は? 琉夏はどう思うの?」
真剣な表情で頷く琉夏に、今度は私から聞いてみる。
琉夏は私には目を向けないまま、「そうですね……。」と呟いた。
「僕は――『思考』、だと思うんです。」
「『思考』?」
私が繰り返すと、琉夏は深く頷いた。
唇が上がっていなくて、なんだか不安になる。
「アンドロイドの思考結果は、人間に似せられています。それでも、所詮は、0と1だけで計算された結果で――演算結果は、すぐに出ます。」
アンドロイドも発言などは人間に似ている。思考結果も、人間に似せられている。
けれど過程は、どう頑張っても真似できない。そう言いたいんだろう。
「表面だけは、人間と同じかもしれません。答えは、人間と似ているかもしれません。けれど中身は、どこまでいっても、僕は人間になれないのです。琉莉や心優さんが、思考しているのを見るたびに――そう、実感するんですよ。」
「アンドロイドと人間の違いを?」
琉夏はまたしても深く頷いて、続けた。
優しい声が、しっかりと、何だか重く、言葉を紡ぐ。
「――アンドロイドは、迷えないんです。」
「それって――」
琉夏は私の言葉を遮るように、ゆっくりと目を閉じた。
「それだけです。おやすみなさい。……すみません。」
もう寝なさい、と親が子に言うように。
有無を言わさず、琉夏は会話を終わらせた。
「……うん。おやすみ。」
聞きたいことは、明日聞けばいいしな。
私は琉夏に背を向けて、おやすみを返した。
微かに琉夏の動く音がして――そっと、身体に腕を回される。
今日は、いつも以上にくっついてくるな。
可愛い、なんて思いながら、目を閉じ、眠りについた。