まずは寝室の掃除、それからリビング、キッチン――と、使いそうな場所から順に綺麗にしていく。
今までやっていただけあって、琉夏は中々掃除が上手かった。
いや、掃除が下手なアンドロイドなど、早々いないだろうが。
「心優さん、もしよかったらなんですが……僕が食事を作ってもいいですか?」
「いいけど、逆にいいの?」
クッキングヒーター周りの汚れを拭き取りながら、琉夏は私に問いかけた。
アンドロイドに食事は必要ない。動力源は電気だ。
だから私も簡単に済ませようと思っていたのだが、琉夏から申し出られるとは。
「はい。毎日作っていたので、好きなんです。……趣味、に近いでしょうか。」
照れたようにはにかむ琉夏は、綺麗で、少し幼く見えた。
料理を義務的に行っているのではなく、好き。
人間と見間違うほど、リアルな表情。
本当に、驚くほどによく学習している。
「それならお願いしようかな。今日は食材がないからインスタント食品だけど……明日は雨も止むだろうし、一緒に買いに行こうか。」
「わかりました。」
柔らかく微笑んだ琉夏は、手元に視線を戻した。
今日行ってもよかったのだが、警報級の大雨の中山を下りるのは危ないだろう。
「得意料理とかあるの?」
「得意、かはわかりませんが……よく作っていたのはオムライスですね。」
手を動かしたまま、琉夏がさらりと答える。
確かにアンドロイドにとってレシピ通りに作ることは簡単だろうし、得意料理、という質問はおかしかったかもしれない。
「そうなんだ?」
「はい。琉莉は、オムライスが好きだったんです。琉莉が落ち込んでいると思ったら作ったり、琉莉から食べたい、と言われたりして。」
その時のことを思い出しているのか、琉夏はふふっと微笑んだ。
細められた目。優しく持ち上げられた口角。
恋する青年そのものみたいな、柔らかい表情。
「……私もオムライスがいいな。琉夏の作るオムライス、食べてみたい。」
「まかせてください! 張り切って、作ります。」
私が琉夏の方をみたことに気が付いたのか、琉夏も私を見た。
にこっと目を閉じて笑うと、ガッツポーズのように片手を握る。
「ありがとう。それなら明日は卵と、ケチャップと、玉ねぎと――」
手を止めないように気をつけながら、明日買うものを琉夏と確認する。
オムライスの材料といえば、と考えて思いつくものを上げていく。
一通りあげ終わって、「これだけ?」と琉夏に聞いてみる。
「あとは、マヨネーズもほしいです。」
「そうなの!? ケチャップだけじゃないんだ?」
私が驚いて聞き返すと、琉夏ははい、と頷いた。
ケチャップとマヨネーズはセットのようなイメージがあるが、オムライスではケチャップだけだと思っていた。
「卵に入れるとふわふわになるんです。それに、ライスの味付けをマヨネーズにしても、美味しいんですよ。」
「そうなんだ! ケチャップのしか食べたことないなあ。」
卵にマヨネーズは、私が気が付かなかっただけで入っていたのかもしれない。
でも、ライスがケチャップ味でないオムライスは食べたことがないと断言できる。
「琉莉はケチャップよりもマヨネーズの方が好きで、『これマヨで作ったらもっと美味しいんじゃない!?』って言って。実際に作ってみたら、本当に美味しかったみたいです。」
喜んで貰えたんです。と、琉夏は嬉しそうに笑った。
全然味の想像がつかないが、美味しかったのか。
「へー……じゃあ明日は、マヨネーズ味のがいいな!」
「普通のでなくていいんですか? お口に合わなかったりしたら……。」
心配そうに眉を下げる琉夏に、いいの、と首を横に振る。
それでも私は、それが食べてみたかった。
琉夏にとって“思い出の味”と言えるそれを、食べてみたい。
「食べてみたいんだ。私嫌いな食べ物ないから、大丈夫!」
もしかしたらあるかもしれないが、ぱっとは思いつかない。
私がにこっと笑って見せると、琉夏は同じかそれ以上に眩しい笑顔を浮かべた。
「わかりました。美味しく作れるように頑張りますね!」
「楽しみにしてるよ。」
頑張らなくても、美味しく作れるだろうに。
わざとじゃなければ、失敗なんてしないだろうに。
人間みたいな容姿で、人間みたいな表情で、人間みたいな感情を持って、人間みたいなことを言う。
一定期間主人と過ごしたアンドロイドは、皆こんなものなのだろうか。
過ごしていれば自然と学習し、表現豊かになっていくとは聞いている。
けれどやっぱり、目覚めたばかりの姿しか知らなかった私には、こんなにも人間らしくなるとは思えなかった。
一通り掃除が終わるころには、もう夜になっていた。
インスタント食品を夕食変わりに食べ、入浴を済んだため、今日はもう寝ることにする。
掃除中も、食事中も、琉夏は沢山話してくれた。
琉夏は琉莉さんとの日々を愛おしそうに話して、私は学校での出来事を話した。
学校は、琉夏にとっては珍しい場所のようで、私の話をキラキラと目を輝かせて聞いていた。
私の話から学習して、学校について覚えていくのだろう。
こうしてアンドロイドは賢くなっていく。
「おまたせ。今日はもう寝よう?」
髪がしっかり乾いたことを確認し、寝室に戻ってきた。
私の教科書を読んで待っていた琉夏に声をかける。
「わかりました。」
顔を上げた琉夏は、丁寧に教科書を閉じた。
国語の教科書を読んでいたようだ。
ミニテーブルの上に積んである数冊の教科書は、読もうと思っていたものか、はたまた読み終わったものなのか。
「琉莉さんとは、どうやって寝てたの?」
同じ部屋? 別室? ベッドは使ってた? と聞いてみる。
アンドロイドに睡眠は必要ない。
けれど、主人の就寝に合わせてスリープモードになるアンドロイドは多い。
起きて仕事をしたり、防犯に努める個体もいるため、その限りではないが。
家族のように扱われているアンドロイドは、大抵人間と同じように眠る。
琉夏も恐らくは恋人変わり、睡眠はとっていたはずだ。
「同じ部屋ですよ。ベッドも1つしかないので、2人で一緒に使っていました。」
「やっぱりそうか……。」
恋人変わりならそうだろうと思っていたが、やっぱりそうだった。
琉夏は床でもカーペットでも、椅子に座ってでも変わらず寝ることができる。
どこで寝かすかは完全に主人の自由なのだが、流石に恋人を床に寝かせたりはしなかったようだ。
「それなら一緒に寝よう。シングルにしては広めだし、余裕でしょ。」
「いいんですか?」
不思議そうに見てくる琉夏に、小さく頷く。
普段は1人部屋で寝ているし、ベッド1つだし、相手はアンドロイドだし、異性型。
何も考えないわけではないが、別にいい。
人間じゃないし、琉夏のことは嫌いではないから。
「いいよ。」
琉夏を押すようにベッドまで連れていき、寝てもらう。
私も隣に寝転び、琉夏に背を向けて布団を被った。
挨拶をしようとすると、琉夏がぴたりと背中にくっついてきた。
可愛い奴だ。そうして寝るのが当たり前だったのだろう。
背中にうっすらと、人の体温に似た暖かさが伝わってくる。
表面の温度も、人間に合わせてあるらしい。
どこまでも人間らしいアンドロイドに触れた途端、寂しくなってしまう、なんてことはないわけだ。
「……おやすみ。」
「はい、おやすみなさい、心優さん。」
本当に、どこまで人間らしくなるんだ。
なんとなくドキドキしてしまったのを紛らわすように、私は慌てて目を閉じた。
今までやっていただけあって、琉夏は中々掃除が上手かった。
いや、掃除が下手なアンドロイドなど、早々いないだろうが。
「心優さん、もしよかったらなんですが……僕が食事を作ってもいいですか?」
「いいけど、逆にいいの?」
クッキングヒーター周りの汚れを拭き取りながら、琉夏は私に問いかけた。
アンドロイドに食事は必要ない。動力源は電気だ。
だから私も簡単に済ませようと思っていたのだが、琉夏から申し出られるとは。
「はい。毎日作っていたので、好きなんです。……趣味、に近いでしょうか。」
照れたようにはにかむ琉夏は、綺麗で、少し幼く見えた。
料理を義務的に行っているのではなく、好き。
人間と見間違うほど、リアルな表情。
本当に、驚くほどによく学習している。
「それならお願いしようかな。今日は食材がないからインスタント食品だけど……明日は雨も止むだろうし、一緒に買いに行こうか。」
「わかりました。」
柔らかく微笑んだ琉夏は、手元に視線を戻した。
今日行ってもよかったのだが、警報級の大雨の中山を下りるのは危ないだろう。
「得意料理とかあるの?」
「得意、かはわかりませんが……よく作っていたのはオムライスですね。」
手を動かしたまま、琉夏がさらりと答える。
確かにアンドロイドにとってレシピ通りに作ることは簡単だろうし、得意料理、という質問はおかしかったかもしれない。
「そうなんだ?」
「はい。琉莉は、オムライスが好きだったんです。琉莉が落ち込んでいると思ったら作ったり、琉莉から食べたい、と言われたりして。」
その時のことを思い出しているのか、琉夏はふふっと微笑んだ。
細められた目。優しく持ち上げられた口角。
恋する青年そのものみたいな、柔らかい表情。
「……私もオムライスがいいな。琉夏の作るオムライス、食べてみたい。」
「まかせてください! 張り切って、作ります。」
私が琉夏の方をみたことに気が付いたのか、琉夏も私を見た。
にこっと目を閉じて笑うと、ガッツポーズのように片手を握る。
「ありがとう。それなら明日は卵と、ケチャップと、玉ねぎと――」
手を止めないように気をつけながら、明日買うものを琉夏と確認する。
オムライスの材料といえば、と考えて思いつくものを上げていく。
一通りあげ終わって、「これだけ?」と琉夏に聞いてみる。
「あとは、マヨネーズもほしいです。」
「そうなの!? ケチャップだけじゃないんだ?」
私が驚いて聞き返すと、琉夏ははい、と頷いた。
ケチャップとマヨネーズはセットのようなイメージがあるが、オムライスではケチャップだけだと思っていた。
「卵に入れるとふわふわになるんです。それに、ライスの味付けをマヨネーズにしても、美味しいんですよ。」
「そうなんだ! ケチャップのしか食べたことないなあ。」
卵にマヨネーズは、私が気が付かなかっただけで入っていたのかもしれない。
でも、ライスがケチャップ味でないオムライスは食べたことがないと断言できる。
「琉莉はケチャップよりもマヨネーズの方が好きで、『これマヨで作ったらもっと美味しいんじゃない!?』って言って。実際に作ってみたら、本当に美味しかったみたいです。」
喜んで貰えたんです。と、琉夏は嬉しそうに笑った。
全然味の想像がつかないが、美味しかったのか。
「へー……じゃあ明日は、マヨネーズ味のがいいな!」
「普通のでなくていいんですか? お口に合わなかったりしたら……。」
心配そうに眉を下げる琉夏に、いいの、と首を横に振る。
それでも私は、それが食べてみたかった。
琉夏にとって“思い出の味”と言えるそれを、食べてみたい。
「食べてみたいんだ。私嫌いな食べ物ないから、大丈夫!」
もしかしたらあるかもしれないが、ぱっとは思いつかない。
私がにこっと笑って見せると、琉夏は同じかそれ以上に眩しい笑顔を浮かべた。
「わかりました。美味しく作れるように頑張りますね!」
「楽しみにしてるよ。」
頑張らなくても、美味しく作れるだろうに。
わざとじゃなければ、失敗なんてしないだろうに。
人間みたいな容姿で、人間みたいな表情で、人間みたいな感情を持って、人間みたいなことを言う。
一定期間主人と過ごしたアンドロイドは、皆こんなものなのだろうか。
過ごしていれば自然と学習し、表現豊かになっていくとは聞いている。
けれどやっぱり、目覚めたばかりの姿しか知らなかった私には、こんなにも人間らしくなるとは思えなかった。
一通り掃除が終わるころには、もう夜になっていた。
インスタント食品を夕食変わりに食べ、入浴を済んだため、今日はもう寝ることにする。
掃除中も、食事中も、琉夏は沢山話してくれた。
琉夏は琉莉さんとの日々を愛おしそうに話して、私は学校での出来事を話した。
学校は、琉夏にとっては珍しい場所のようで、私の話をキラキラと目を輝かせて聞いていた。
私の話から学習して、学校について覚えていくのだろう。
こうしてアンドロイドは賢くなっていく。
「おまたせ。今日はもう寝よう?」
髪がしっかり乾いたことを確認し、寝室に戻ってきた。
私の教科書を読んで待っていた琉夏に声をかける。
「わかりました。」
顔を上げた琉夏は、丁寧に教科書を閉じた。
国語の教科書を読んでいたようだ。
ミニテーブルの上に積んである数冊の教科書は、読もうと思っていたものか、はたまた読み終わったものなのか。
「琉莉さんとは、どうやって寝てたの?」
同じ部屋? 別室? ベッドは使ってた? と聞いてみる。
アンドロイドに睡眠は必要ない。
けれど、主人の就寝に合わせてスリープモードになるアンドロイドは多い。
起きて仕事をしたり、防犯に努める個体もいるため、その限りではないが。
家族のように扱われているアンドロイドは、大抵人間と同じように眠る。
琉夏も恐らくは恋人変わり、睡眠はとっていたはずだ。
「同じ部屋ですよ。ベッドも1つしかないので、2人で一緒に使っていました。」
「やっぱりそうか……。」
恋人変わりならそうだろうと思っていたが、やっぱりそうだった。
琉夏は床でもカーペットでも、椅子に座ってでも変わらず寝ることができる。
どこで寝かすかは完全に主人の自由なのだが、流石に恋人を床に寝かせたりはしなかったようだ。
「それなら一緒に寝よう。シングルにしては広めだし、余裕でしょ。」
「いいんですか?」
不思議そうに見てくる琉夏に、小さく頷く。
普段は1人部屋で寝ているし、ベッド1つだし、相手はアンドロイドだし、異性型。
何も考えないわけではないが、別にいい。
人間じゃないし、琉夏のことは嫌いではないから。
「いいよ。」
琉夏を押すようにベッドまで連れていき、寝てもらう。
私も隣に寝転び、琉夏に背を向けて布団を被った。
挨拶をしようとすると、琉夏がぴたりと背中にくっついてきた。
可愛い奴だ。そうして寝るのが当たり前だったのだろう。
背中にうっすらと、人の体温に似た暖かさが伝わってくる。
表面の温度も、人間に合わせてあるらしい。
どこまでも人間らしいアンドロイドに触れた途端、寂しくなってしまう、なんてことはないわけだ。
「……おやすみ。」
「はい、おやすみなさい、心優さん。」
本当に、どこまで人間らしくなるんだ。
なんとなくドキドキしてしまったのを紛らわすように、私は慌てて目を閉じた。