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「アサヒさんって、恋したことあるの?」


 夜になると決まって月を眺めるようになり、2ヶ月ほどが経った。

 今日も僕は、変わらず見届け人をしている。
 今回の担当は、7歳の女の子だった。

 いつかのきみみたいに無邪気で、人懐っこい笑みを浮かべている。


「恋?」

 7歳だったら、恋愛に憧れる頃なのだろう。

 王子さまとお姫さまが出てくる童話の絵本を両手で開きながら、彼女は興味津々というふうに僕を見つめている。

「うん。たとえばね、その“ 見届け人 ”? の人たちのお仲間さんに、好きな人がいるとか!」
「うーん……見届け人は個人業だからお互いほとんど顔を合わせないんだよ」

「そーなの? じゃあ、アサヒさんは恋したことなかったの?」


 彼女の大きな瞳にじっと見つめられ、僕の頭の中に浮かんだのは、ただひとりの特別な人だった。


「……あるよ」


 きみは、月に帰ってしまったけれど。

 僕の3文字の言葉に、7歳の彼女は「えーっ!」と嬉しそうにはしゃいだ。


「ねえねえ、アサヒさんが好きになった人って、どんな人?」

「……そうだな、話すと長くなるかもしれないよ」

「うん、聞きたい!」


 目をキラキラさせて話の続きを待つ姿は、僕の初恋の人によく似ていた。


 懐かしい気持ちになりながら、僕は彼女に微笑んで話し始める。

「僕の初恋の人は……僕のことを“ 天使くん ”なんて呼ぶ人だった」



 瑠菜がどこかで聞いているかもしれない。

 そう思うと、僕は少し照れくさくて、無意識のうちに笑みが溢れてしまう。



 ────『ねえ、天使くん!』



 僕の心の中ではいつも、彼女の声が響いている。

 語りかけてくるその口調も、ずっと、変わらず。


 そして僕は、今日も朝日を見上げる。


 今夜は満月だったらいいな、だなんて思いながら。






Fin.