否定の意志はなかったのだと、泣きたい気持ちをこらえて拳を握りしめる杏梨。

私のコンプレックスを話したらどんな反応をするのだろう?

私の持ち合わせない杏梨の真っ直ぐさはほんの少し羨ましい。

ないものねだりな姿勢かもしれないが、私にない要素を持ち合わせる杏梨と向き合ってみたかった。


「なにを隠してたの?」


大きな猫目で見つめられるとドキッとしてしまう。

それだけ杏梨の目力は強く、見透かすように澄んだ目をしていた。


「『聞きとり困難症』とか、『聴覚情報処理障害』って知ってる?」


緊張から酸素を吸い込む口元をやけに意識してしまう。


「ごめん、初めて聞いた」

「あたしもはじめて」


困惑した色がにじみ出ている。

杏梨だけでなく、莉央にとっても聞きなれない言葉のようだ。

これで私は逃げてきたコンプレックスを伝えたことになる。

怖いのはここからであった。


「騒がしいところや人が多いと上手く会話が聞き取れなかったり、長い話が苦手で聞き取れなくなる」


聴覚には何の異常もなくて、正式な治療法もないのが現状だ。


「ささいなことで聞き取れなくて、聞き間違いも多い。それでよく人と話が噛み合わなくて揉めたこともある」


聞こえないと聞き直すも、回数を重ねれば相手を不快な気持ちにさせてしまう。

言葉に対し、まったく異なる認識をして会話がかみ合わない。


「会話が出来ても、会話を記憶維持するのことも難しいから、話が支離滅裂になりやすい」


聞き取れないことが不穏を呼ぶ。

病院で原因を探しても一見問題が出てこないため、症状からそういった認識がうまれた。

様々な情報が飛び交うようになってはじめて認知され始めた症状だった。

同じように悩む人はいてもそれは顕在化しない。


「そっか、そういうことなんだね。そりゃ話を聞いてないように見えるわけだ」


杏梨なりの解釈を口にする。

私が悩んでいることを知らない杏梨からすれば、態度の悪いように見えていた。


「反応が噛み合ってないこと多かった。なんかとりあえずニコニコして聞いてるフリしてればいいと思ってるのかなって」

「少し、それはある。聞いてるフリしないと、空気も読めてないみたいに見られちゃうから。……そうやって誤魔化すしかなくて」


見えない空気に怯えて、誤魔化すことばかり覚えていった。

こうして本当のことを話して、はじめは理解のあるように周りは振る舞う。

だんだんと苛立ちが表に出始めて、氷雨となって私に降りかかっていた。