「離れられるのは怖い。 拒絶の目、後ろ姿、全部もう見たくない」


自分のことに必死になって、円香の悲しみに気づけなかった。

もっと声を言葉として認識出来たなら。

人の顔をちゃんと覚えられたら。

そんな後悔が降り積もる。

アルバイトだと割り切った環境でさえ、役立たずの烙印をおされると苦しくなった。

気持ちがどんどん下向きになって、顔も俯いてしまう。


「でも武藤さん。言ってくれなきゃ、分かったフリも出来ないよ?」


その言葉にハッと顔をあげる。

切なくて、悲しげな瞳。

自分を押し殺してきたという点で同じ思いをしてきた彼が出した結論。


「分かり合えるなんて本当にレアだと思う。自分と違うことは想像でしか補えない」


そんな世界で分かりあおうと向き合える存在。

傷は違えど、傷つくことより自分を知ってほしいという気持ちが上回った人だ。


「言ってみてそれでもダメだったらどうしようもないよ。それはこの先、武藤さんを大事にしてくれないから」


私は伝えることを諦めていた。

言って拒絶されることを怯えるうちに、全部がそうだと心を閉ざした。

自分の殻にこもって誰とも関わらないでいるのは寂しいけれども楽だった。

諦めているくせに傷つく矛盾した感情に翻弄されていた。


「本当に距離を置くべきは、最初に打ち明けてそれでも否定する人じゃないかな?」


そもそも理解する姿勢がない人とは話し合えない。

言葉が閉ざされてしまうのだから通じるものもない。

数は少ないかもしれないが、全員が全員閉じているわけでもないと彼は語りかけてくれた。


「みんな、わからないなりに歩み寄ろうとはするんだ。ただ、わからないから苦しくなるだけ」


彼はやさしい。

そのやさしさはその分彼が傷ついてきた証なのかもしれない。

私の先を歩く人だとしても、その過程でついた傷を理解したい。

未熟な私でも彼に並んで歩けるくらいには強くなりたいと思った。


「少なくとも、上原さんやまっつーは理解出来なくても分かろうとする姿勢は見せてくれるよ? 100%の理解なんてありえないんだ」


それは私と彼の間であってもだ。


「例えば、オレはかわいいものを見ると意地悪したくなる。でもわからない人にはサイコパスで頭のおかしい奴にしか見えない」