正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

部活動が終わり、私は忘れものをして部室へと戻ろうとする。

その途中で人の話し声が聞こえ、息をひそめてのぞきこむ。

「アンタってほんと生意気! 先輩差し置いてソロやるとかふざけんなよ!」

「先生にはめっちゃ媚び売ってるし。ふざけてんの?」

(円香ちゃん!?)


先輩たちに囲まれ、怒声をうける円香がいた。

目に涙を浮かべ、拳を握って耐える姿に私はどう行動すべきかわからずに焦る。


(先生に言った方がいい? でも先輩たちからすると……)

「ってか、武藤ってアレだよねー」


そこで私の名前があがり、肩が跳ねて足が硬直する。

全身が心臓になってしまったかのように鼓動がうるさく、呼吸が出来ない。

冷たい汗が額からにじみ出して、こめかみを伝う。


「アンタ幼なじみなんでしょ? ちゃんと面倒見てあげなよ。結構あの子も立ち位置やばいよ? あんたなら要領よくやれるでしょ?」

「ひなはアタシに関係ないです。先輩たちの指導不足じゃないですか?」


円香は意地っ張りで気が強い。

先輩の前だからと物怖じしない性格だが、それは規律の厳しい部活動では足元を巣食う。

先輩の反感を買い、このようなことになっていると把握した。

苛立ちをおさえられなくなった先輩たちが円香を一斉に攻めだした。


「なにコイツ、ムカつく! 後輩なんだから先輩立てろよ!」

「二つ違うだけじゃないですか!」

「こっちは真面目にやってんの! アンタや武藤が部活乱してーー!」

「ーーおい、お前ら何してる!?」


そこに校内の見回りをしていた教師が騒ぎに気づいてやってくる。


「やば、逃げるよ」


先輩たちはちりじりになって逃げていく中、円香がひとり残される。


「おい、大丈夫か?」

「う……うわああああんっ! あああああっ!!」


先輩たちの前では泣かないと耐えていたが、教師に声をかけられたことで緊張が緩む。

とっくに限界を迎えていた円香は子どものように泣き叫ぶ。

私は見ているだけだった。

大好きな円香の危機にも関わらず、私の足は動かなかった。


(なんでっ……なんで円香ちゃんが大変な目にあってるのになんで!!)


震えて動けなくなった自分を憎らしく思った。

その後、今回の件が問題となり、吹奏楽部は活動を自粛。

ほとぼりが冷めるまでとなったが、一度ついた火はなかなか消えない。

円香への嫌がらせは悪化していた。