正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

「あとクラリネット。もっと周りの音聞いてー」

全体練習でのこと。
なかなか全体との演奏がかみ合わず、私は焦っていた。

「他のパートとやってみる? 少数から合わせる練習しよっか」
「はい」

音が外れる原因は私にあった。
全体で色んな音を聞くと途端に私の耳は拾う音を選別できなくなる。
ごちゃごちゃにあふれ出す音の中で私は自分の演奏に必死になっていた。

「まぁ、合わせる努力しよっかー」

周りはやさしく、練習に付き合ってくれた。
まわりにやさしくされればされるほどに、気持ちは萎縮していく。

ソロで演奏は問題がなかったのが余計に悩ましかった。
人数が増えれば増えるほど、違和感が大きくなる。
合わせようと意識しているのに、音をうまく拾えない。
音を意識すると手がおざなりになる。
自分の演奏が精一杯で、周りの音を聞こうとすると指が止まっていた。

頭がいっぱいいっぱいな私をやさしさと厳しさが板挟みする。

「ねぇ、なんで挨拶出来ないの? 挨拶される先輩とされない先輩、分けたらダメだよ」

また人目を避けて部長と話し合いとなる。

「人数多いとはいえ、そろそろ覚えないとまずいよ? あと、ミーティングのとき、話聞いてないこと多いから気をつけて」
「……はい。すみませんでした」

教室で部員が集まり、話し合いをするとき、私は周りの声を聞き取れなくなる。
音として認識しても、言語にはならなかった。

そう、私は自分のことで頭がいっぱいになっており周りを見ることが出来ていなかった。
あれほど仲の良かった円香と距離が出来ていることに気づかなかった。
何かあれば円香に相談していたが、円香は私を励ますばかりで自分のことを話さなかった。
水面下で円香に起きていることを知らなかった。

「円香ちゃ……」

ついに円香にも愛想をつかれ、無視されるようになった。
この時すでに人との距離感に怯えていた私は円香を追いかけることが出来なかった。

そこで浮き彫りになったのは自分がいかに孤立しているかということ。
円香がいないと私はひとりぼっちだった。

だがそれは私だけの問題でないと、事が起きてようやく気付くのだった。