「今日ははじめてだし、各パートの人たちに挨拶して、その後楽器で音出しやってみようか」

「は、はい! よろしくお願いします!」


上下関係を意識するのはこれがはじめてだ。


右も左もわからない私は聞き取りが出来なかったことを相談することも出来ず、返事だけは一丁前にして心美の後を追う。

各パートに挨拶をしていき、最後に部長の属するトランペットの人たちに挨拶をした。

そこには円香もおり、目が合うと手を振ってにこにこする。


「よかったな、クラリネットに後輩が出来て」


部長の水谷 彩奈が心美と話し出す。

クラリネットは心美と他2人という少数で構成されていた。

吹奏楽の花形ともいえるトランペットにはお尻に0を足すくらいには多い。

女子の多い環境で私と円香は新しい日常を送ろうとしていた。


ーーーーーーー

それは入部してしばらく経ってのこと。

職員室に用があり、教室までの戻り道を駆け足気味に歩く。


(早く教室戻らないと)


授業が始まってしまうと私は慌てていた。

階段を昇る際に上の学年の女子生徒たちとすれ違ったが、急いでいる私は顔をちらりと見てそのまま通過する。

学年が上がるだけでずいぶんと華やかで大人っぽいと、私は憧れを抱いていた。


「さっきのって、一年よね?」

「うーん、まぁまだ入って3日だしなぁ」

「ふーん……」


それが吹奏楽部の先輩だとは気づいていなかった。

入部したてなので致し方ないことだが、問題がすでに起きていることに私は気づかずにいた。

授業を終え、部活動に向かう私はメモ帳を開きながら慌ただしくしていた。


(えっと、部活はじまるまでに色々やることがあって。あれとアレと……なんだったかな)


階段を下りながら必死になって後輩の役割をこなそうとする。

だが不完全なメモではまず何から始めればよいのかわからず、メモを見ながらテンパっていた。


(書くことに必死で聞けてないところがあったからなぁ)


頭の中は一向に決まらない部活開始までの手順。

一日でも早く覚えなくてはと、私は焦っていた。


ーードンッ!


そのため、前方不注意となってしまい、階段を昇っていた生徒と衝突してしまう。


「いったー……」


階段で尻もちをついてしまった生徒を見て青ざめる。


「す、すみません! 大丈夫でしたか!?」

「あ……うん。……大丈夫だよ」


笑って大丈夫と言われたことに安堵した。


「よかったです……。すみません、前方不注意でした」

「気をつけなよー?」


それで事が済むほど現実は甘くなく、なかなか上手くいかなかった。