「武藤さん、一緒に帰ろ?」

「……はい」

放課後になり、彼が無邪気な顔をして歩み寄ってくる。

今まで交流のなかった二人が急接近している様子にまわりは困惑でいっぱいだ。

怪訝な視線がチクチクとささり、口をとがらせて酸っぱい顔をする。

誰の目にも止まらなかった私が彼の隣を歩くだけでこうも目立ってしまう。

「武藤さんってあの公園の近くに住んでるの?」

廊下を歩いていると彼が声をかけてきたが、騒がしい場所ではろくに聞き取れない。

ゲラゲラと笑い声が響いていることに気づいた彼がにこっと笑い、先ほどより大きめの声でもう一度聞いてくる。

私はあわてていつもより高い声で返事をした。


「えっと、バイト先が近かったから」

「そうなんだー。なんのバイトしてるの?」

「……今はしてない」

スーパーでアルバイトをしてみたが、お客さんに声をかけられると聞き取れない。

BGMと声が両方混ざり、集中しようとしても言葉として認識が出来なかった。

質問にまともに答えることも出来ず、うろたえてばかりだった。

結局、いたたまれなくなり辞めてしまった。

落ち込んでいたところ、公園で彼と遭遇してしまったわけである。


「アルバイトしてえらいね。オレは部活引退してからすっかり不抜けちゃったよ」

そんな褒められた理由じゃないのにと目を反らす。

部活もコミュニケーションから逃げて入らなかったに過ぎない。

会話したくても誰かを不愉快にさせてしまうならと、私は逃げてばかりだった。

こうして今はニコニコしている彼も、違和感を覚えてイライラさせてしまうかもしれない。

だが笑顔を向けられると俯いてばかりだった私は背伸びをしたくなる。

どうして彼はからかっているとはいえ、興味を示してくれるのか。

それは後ろ向きな姿勢の私に芽生えたほんの少しの勇気だった。


「なんの部活を……」

「はっやとくーん! 一緒にライブ行かなーい!?」

小さな声は他の声にのまれていく。

派手な世界では私の勇気なんてちっぽけなもので、かき消されていく。

強さには強さでしか勝てないものだ。

彼の肩にのりかかった男子は華やかな一人。

センター分けのマッシュの髪型に、底抜けに陽気な顔。

山田 拓海は彼の友人の一人であり、声の大きな男の子だった。

彼は彼の肩を押し、粗雑に扱うとにやりと笑う。


「行かねーよ。武藤さんと帰るから」

「お前なぁ、友達より彼女が大事だってかぁ!?」