正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

集合時間になり、私たちは宿泊する旅館へと戻り、夕食後に入浴する。

部屋に戻った私たちは浴衣を着て、部屋に敷かれた布団の上に座り込んだ。


「お風呂気持ちよかったねー」

「うん。久しぶりにあんな足伸ばしたかも」

大の字に寝ころぶ莉央の豪快さは見ていて気持ちがよい。

ポカポカに温まった身体が冷えないよう、足元だけ布団の中に入れる。

そうしてくつろぎの時間を楽しんでいたが、杏梨は隅に移動された木製の座椅子で膝を抱えていた。

こちらには一切目を向けることなく、いつもより大きめの声で質問を投げてきた。


「あのさ、武藤さん。聞きたいことあるんだけど」

「な、何でしょうか?」


杏梨からピリッとした空気を感じる。

大きめの声は威圧的で、反射的に肩を震わせてしまう。


「武藤さんって耳悪いの?」

「あ……」


その直球な問いに肝が冷える。


「ちょっと杏梨、やめなよ」


莉央が勢いよく身体を起こし、杏梨を睨みつける。

そこでようやく杏梨はこちらに目を向け、ふてくされた様子を見せた。


「だって気になるんだもん。武藤さん、会話する気あるのかなって」

「杏梨! そういう言い方よくないよ!」

「だって全然話聞いてないじゃん! 話振る度に聞き直されたらさすがにわかるよ!」

「周りがうるさいと聞こえないこともあるでしょ!? 杏梨って周りに厳しすぎなんだよ!」

「なによ! 私が悪いって言うの!?」

「やめて……」


こうして不穏な空気は大きくなって、破裂する。

私が原因となり、問題が大きくなって混乱へと繋がってしまう。


(なんで、こうなるの?)

聞き直さなくてもよいのならそうしたい。

それが出来ないから悔しいし、悲しい。

何度も隠れて涙し、なんでもないふりをしてヘラヘラと笑った。

そうして人と距離を取ることが傷つかないための処方箋だった。

私が悪いと、何度も言い聞かせていく中で呪わしい気持ちも大きくなる。

不快なそれに飲み込まれないよう私は必死で逃げていた。


(本当のこと言ってもみんな理解したふりをする)


最初は理解を示すふりをして、笑って受け入れてくれる。

だが繰り返していくうちに、周りの表情は険しくなった。

めんどくさがって、人は離れていく。

誰も自分の嫌な一面は見たくない。

きっと私に対して苛立ってしまう人もいて、その感情が嫌だからと離れた人もいる。

これは仕方のないことだと頭の中では理解していても……心が追い付かなかった。