「なに、なんかあった?」

そこに彼が歩み寄ってきて、目を丸くしながら首を傾げる。


「あ、いや、大丈夫。もう解決したから」


杏梨からすれば注意しただけに過ぎない。

真面目な性格のため、私のような人間にも意見を聞く平等精神。

そんな杏梨がふいに見せる照れ隠し。


「……修学旅行、楽しみにしてる」

「そうだな! 楽しみだな!」

(もしかして上原さんって……)


よく彼とお似合いだと囃し立てられることの多かった杏梨。

彼にとっては軽い冗談でも、杏梨にとっては違ったのかもしれない。

同じ感情をもって彼を見るからこそ、杏梨のひた隠しな姿勢に気づいてしまった。

それはひどい罪悪感に繋がる。


(罪悪感? おこがましい。好きなのは私も同じ……)


陰鬱な私が彼のとなりに立つ。

なんと不似合いなことだろう。

ハキハキしていて、自分軸をしっかりと持つ杏梨の方が華やかで見目麗しい。

このモヤモヤはなんだろう。

ただの罪悪感とはまた違う、はじめての感情に困惑していた。


ーーーーーー

それから彼と帰路につき、途中で決まったように公園に立ち寄ってベンチに座る。

俯いて黙りがちな私を彼は心配そうに見つめてくる。

やさしさに触れると泣きたくなる。

だけどそこで逃げたくなかった。

少しずつでも彼からもらう愛情に応えたい。

私も彼が好きなのだと胸を張って言いたいから。


「さっきはありがとう。その……フォローしてくれて」

「お礼言われるほどのものでもないけど……だ、抱きついてきてもいいよ?」


(あーぁ、台無し)


だがその甘ったるさが好きだ。

甘えることが苦手な私でも、甘えてみたいと思わせてくれる。

彼の誘惑は私を壊すほどに、愛らしいものだった。


ーーぎゅっと彼の制服の袖を掴む。

抱き着くだけの大胆さは、まだない。


「あんまり気にしなくても大丈夫だよ。 みんないいやつらだから」

「うん」

(みんな、悪くないの。上原さんもリーダーとして考えてるだけだ)


私がちゃんと聞いていないから。

言葉を察することが出来ないから。

普通はどう言葉が聞こえるものなのか。

考えても私には普通がわからない。

どうすればみんなと同じように歩いていけるのか。

ただ普通に、物事をこなしたいだけなのに。

その壁は見上げても頂上が見えなかった。