正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

反応できなかった私が悪いのだから、うまく対処しないといけない。


「ごめんなさい、もう一度いいかな?」

「あ、うん。お昼はーーーーの?」

(どうしよう、お昼しかまともに聞き取れなかった)


そもそもお昼という言葉も聞き間違えてるかもしれない。

でも何回も聞き直すのも怖い。

応えられないでいると不審がられる。

間違えたときに吐かれるため息が怖い。

視線が、歪む口元がーー。

音が爆発して思考が停止する。


「ーー湯豆腐とおばんざいが有名だけど、どっちが食べたいかって」


向かい側に座る彼が身を乗り出し、スマートフォンの画面を向けてくる。

参照ページを見せながら大きめの声で今の状況を口にし、にこっと温和に微笑んだ。


「あ、湯豆腐……かな」

声が震える。

全身に鳥肌が立ち、寒気さえ感じた。

耳の中が冷たいだなんて、そんな感覚は通じるものか?

それでも彼の微笑みだけは優しく見えた。

人一倍、周りを傷つけないように気を配る彼にしかわからない些細な怯え。


「女子は全員湯豆腐だなー」


彼のサポートがなければどうなっていただろう。

何事もなかったかのようにみんな笑ってくれた?

顔に貼り付けた笑顔が解けない。

ピキピキ音をたてて、指先を丸めることで誤魔化すばかり。

そうして時間は過ぎていき、チャイムが鳴って話し合いは終了する。

各自が背伸びをしたり、くっつけた机を元の位置に戻したりと行動していく中、杏梨が私の前に立つ。


「武藤さん」

「は、はい」

猫のような釣り目が細められる。


「別に消極的なのを責めるわけではないけど、意見聞かれた時くらいは答えてほしいわ」

「ご、ごめんなさい」

「わかんないことあったら言ってくれないとこっちも困るから」


強めの口調で杏梨が言う。

取りまとめをする側からすると、私のような人は煙たがられる。

杏梨の苦労もわかるからこそ、私は俯くだけ。

圧倒的に私が悪いのだから、謝るしか出来なかった。

誰かに迷惑をかけることは避けたい。

どうして器用にこなせないのだろうと自己嫌悪が激しくなった。