正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

「まゆタレうさぎ?」

「あげる」

「あ、ありがとう?」


”まゆタレうさぎ”とは今、子どもを中心に人気爆発中のキャラクターだ。

まゆシリーズとして他のキャラクターがたくさんいるが、その中でメインとなるそれを渡され、それを眺める。

かわいいと思うがなぜそれをプレゼントされるのか理解できず、目を丸くして首を傾げた。

何も言えない受け身な私はうさぎと見つめ合っていた。


「やっぱかわいいなぁ」


彼はよく”かわいい”と口にする。

それを言われるたびに逃げたくなり、肩を震わせてしまう。

からかうにしてはいつも彼の瞳は感情的で熱い。


「抱きつ……い……」


ざわざわした教室では彼の言葉ものまれていく。


「ごめんなさい、聞き取りが」

「な、なんでもない!!」


顔を真っ赤にして目を反らす。

私の耳は雑音と声の区別が出来ない。

どの音もまとめて聞こえてしまうものだから声も日常音に混ざってしまう。

会話に集中したくても、その声だけを受け取ることが出来ずに不和を生んでしまっていた。


「大事にするから」


次の言葉がわからない私は口を開いても喉が焼けるだけ。

受け取る言葉と彼の様子はそのまま受け取れば勘違いとなるだろう。

浮つきそうになる気持ちを罰して俯いていると、彼の手が伸びてくる。

なぜか彼は私の頬をよく摘まむのだが、どんな意図があるのか謎だ。


「な、なにして」

「あー! あー、えっと……ごめん! なんでもないっ!!」


慌てふためく姿は爽やかで余裕のある彼と遠く離れている。

キラキラ眩しい人種。

中でも彼はまるで爽やかの代名詞をまとうように穏やかに笑っていた。

ドラマでも見ているかのような感覚に陥る彼がやけに生々しい。


「きょ、今日は一緒に帰ろうね! それじゃ!!」


逃げるように人の輪に入っていく。

それを見送りながら私は秒遅れで自分の頬を摘まんでみる。


(ほっぺ。なにかついてたかな?)


よく摘まんでくるのは私の頬が何か目立つからだろうか。

そう疑問に思って鏡をみるも、周りと何が違うのかわからない。

音の聞こえ方も、周りの反応を見て人と違うことを知る。

自分の在り方に疑問を持たないと、いつまでも場に馴染めない。

空気になると、空気に浮くはまったく別物だ。

私はもう誰にも視線を向けられたくない。

だから彼にも早く遠ざかってほしいと願っていた。

会話の下手くそな姿を見られたくない。

本当はちゃんと会話が出来たらと思っても、とても高い壁。

はじめから諦めた方が楽だった。


(ほっぺ。熱い……)


勘違いはダメだと戒める。

これが溺愛のはじまりになると、思ってもいなかった。