授業の合間の休み時間。

特進クラスとの境目となる渡り廊下でアルバイト先に連絡をし、初日を決定する。

電話を終えて私は一時的な安心感に胸をなでおろした。


「あれー? ひなたちゃんだ」

教室移動のために渡り廊下へと集団がやってくる。

その中から顔を出したのは特進クラスの野乃花と絵里だった。

ぺこっと頭をさげると、野乃花がニヤニヤして左手を猫の手にして動かす。


「はろーん、ひなちゃん。アイツとは別れたー?」

「え、いや……」

「別れてないかー、残念。じゃあこれ、アイツに渡しておいてくれる?」

そう言って手渡されたのは蛇の玩具だった。

本物かと思うほどにその作りは立体的で、ぞわりと背筋が震える。

和解したとはいえ、彼を嫌悪する気持ちは変わらないようだ。

彼にとって”かわいくないもの”、つまり嫌がることをよくわかっている。

そんな野乃花の邪気まみれな行動を見て絵里が野乃花の額を弾く。


「コラ、野乃花! あんたはそうやって変なものばかり出すんだから!」

「かわいいじゃん。干からびてたり、うねうねしてて」

(変わった収集癖だったー!?)

嫌がらせもあるだろうが、主に野乃花の趣味だった。

どうやら彼から嫌がらせを受けているうちに耐性がつき、やがてそれがかわいいものだと認識するようになったそうだ。


「悪趣味」

「そんなことないもん!」

彼と野乃花の確執を知らない絵里からしたら理解できないもの。

だがそれで野乃花を避ける理由にはならない。

価値観は人それぞれだと独立して楽しむ二人はちょうどよい距離感の友達に見えた。


「そういえば、そっちのクラスは修学旅行の班決まった?」

高校三年生の7月、夏季休暇の前に修学旅行がある。

だが具体的なことは何も決まっておらず、どのような内容かを知らない。

四六時中誰かと行動することになると、コミュニケーションの発生が多くなることに恐怖を抱いていた。

「いえ、これからです」

「そっか。ドタバタで決める感じだよねー。1ヶ月後ってあっという間でしょ」

「あの。班での話し合いって何を……」

会話を遮るようにチャイムが鳴ってしまう。

「やば、授業遅れちゃう! またねひなたちゃん!」

「ひなちん、バイばばーい」

「……行っちゃった」

彼と向き合うようになり、少しだけ前を向けるようになった。

だがそれはあくまで感覚であり、現実を想像すると恐怖心が勝る。


(……私も戻らないと)

逃避癖は簡単に治ってくれない。

植え付けられた恐怖心はちょっとやそっとでいなくなるほど甘いものではない。

その程度ならば私ははじめからポジティブだっただろうから。