「やっと美味しく焼けたから。武藤さんに食べてほしいなぁって」

「いただきます」

「えっ!? 今!?」

彼の好意を受けた瞬間にそれを受け止めたいと思った。

自然と手はドーナツにのびていて、ぱくっと噛みついてもごもごと味わった。

「うん、美味しいよ。ありがとう鈴木くん」

「……武藤さんかわいい」

(ほ、ほっぺツンツンされてる……)

その行為に刺激されるのか、その反応を見るのが楽しいのか。

そういう愛情表現なのだと思えば割とすんなり受け止めることが出来た。

人によってはそれを狂ってると言うであろうが……。

彼が重々言うには”相手に害を成したいわけではない”が、大きな違いだそう。

幼少期にそれは人を選ぶことがわからないので、彼にとっても野乃花にとってもトラウマとなった。

わからないことで傷つけあう。

だからといってすべてを理解するのは難しい。

その中で人は言葉にして伝えようとする。


(……大事なことを聞き取れない。相手に負担を強いてしまう)

そうやってすれ違って、誰もいなくなる。

仲の良い友達でも、アルバイト先の人でも。

伝わらないことは苛立ちへと繋がっていくものだからーー。


(こうしてウジウジしてても何も変わらないとわかってるけど)


怖い。

私は現実から目をそむけるようにスマートフォンを手に取り、電源を入れた。


「あ……」

アプリから通知がきているようだ。

心当たりのある私はすぐにアプリを開き、通知の内容に目を通す。

「どうしたの?」

「鈴木くん、バイト決まった」

「えっ?」

休みの日に面接に行った。

以前、彼に提案を受けて応募した動物園の清掃アルバイトだ。

質問を受けてもあまり聞き取ることが出来なかったが、根気強く粘ってみたのが功を奏した。

問題はこれからだとわかっていても、やはり先が見えることは嬉しいものだった。


「やったじゃん! おめでとう!」

「……うん」

自分のことのように喜んでくれる彼。

心根はやさしい人だと知っているから好きになった。

彼にとって”かわいい”は興奮の引き金なのだろうが、それは彼の個性なのだと受け入れていた。


「学校があるだろうから、時間ある時に連絡くれって書いてあった」

「清掃なら一人作業も多そうだし。動物園内の仕事だから役立てて嬉しいね」

「本当にありがとう。私、がんばるね」

このふわふわした気持ちは心地よい。

足枷となっていたネガティブでも彼は受け入れてくれる。

たくさんの好きを向けてくれる。

感謝の気持ちと、うれしさと愛情と。

少しずつ彼に向けていきたいと私は前を向くきっかけを得ていた。