正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

正式に交際をはじめて数日。

だんだんと彼の特性が見えてきた。

わかりやすいのが”かわいいもの”への思考だ。

かわいいもの好きを隠していた理由は……理解されにくい感情だからかもしれない。


「まゆタレうさぎってさぁ、一々反応がかわいいんだよね」

まゆタレうさぎは国民的人気キャラクターであり、愛でられるべき存在だ。

泣き虫で、おどおどしてて、だが何事にも一生懸命な姿がファンの心を掴んでいる。


「わぁってなってるの見るとゾクゾクする。潰したくなるし、ほっぺ引っ張りたい」

(加虐的な気持ちってそういうことなの?)

実際にそれをやることはない。

害を与えたい、傷つけたいというわけではないそうだ。

かわいいと思う気持ちが万が一、暴走してしまい相手を傷つけてしまったら……という恐怖と戦っている。

愛情に満ちているのに、攻撃したい矛盾。

実現欲はなく、それを行なったらサイコパスだと彼は困ったように苦笑いをした。

かつて野乃花ちゃんをいじめた理由は本当にかわいいと思ってたからだと。

泣いて自分を見る姿にゾクゾクしてたとか。

……それだけ聞くと、一般的には理解されないとわかる。

今はそれも相手を傷つけると認識し、大切にしようと自戒していた。

ようするに、かわいいものへの防衛反応。

ほんの少し制御が必要な愛情ということだ。


(それは抱きしめる力も強いわけだよね。ほっぺ触るのもそういう理由だったとは)

気持ちがあふれ出した結果、締め付けるように抱きしめる。

全身で呼吸をしようと必死になる姿がかわいいと、彼は頬を染めて語った。


(理解は出来ない。……でもそれはそれでいいのか)

嫌がることをしない。

これがポリシーだと彼は強く訴えるのだから。

(私がかわいいだなんて、不思議な人。……ゆるキャラと同じ扱い?)


まゆタレうさぎと私。


(少し複雑……)

ニコニコと嬉しそうにする彼にはとてもではないが言えなかった。



「そうだ、これ武藤さんにあげる」

休み明けの学校。

昼休みに中庭のベンチに腰かけて昼食をとっていた。

ちょうど食べ終えたところで彼が紙袋を差し出してくる。


「ドーナツ?」

まるっとした輪っかに艶やかなチョコレートソースがデコレーションされている。

かわいいの詰め込まれた食欲そそる出来栄えに私は唾を飲み込んだ。