正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

野乃花から聞いた話をもとに推測でしかないが、彼は”優しくする”ことを課しているように思えた。

いじめっ子の片鱗さえ見えないので、後天的なやさしさなのだと理解した。

(あ。いちごオレ)

マカロンカラーのいちごオレ。

顔立ちは男らしい爽やかさのある彼だが、細かなところにかわいらしさがある。


(かわいいものが本当に好きなんだなぁ)

その意外性は好感がもてる。

だが彼はかわいいものを好きな自分を隠していた。

隠すべきことではないそれを意地でも隠そうとする姿は疑問だ。

仮だとしてもお付き合いをはじめてそれを知る程度には、彼は秘密主義だった。


「ここなら静かだし、武藤さんも話しやすいよね?」

彼の言葉にうなずく。

途端に不安に飲まれ、ペットボトルを両手で握り気持ちを誤魔化した。


(気づいてるの? やっぱりおかしいと思って?)

会話がスムーズに出来ない。

聞こえたふりをして、張り付けた笑顔を浮かべる。

何度も聞き直して、とんちんかんな言葉で受け取ってしまう時がある。

最初は大して違和感のないそれが、長く付き合っていくほどに目立つ。

そんな私ではだめだと、誰もが離れていった。

聞き取れないだけが理由ではないとわかっていながらも、コンプレックスは色を濃くしていった。


「武藤さんと二人で話したかった……けど、ちょっと自信なくしてた」


ごめんね、と謝る姿は謙虚と呼ぶには少し過剰だ。

絶対に私を下げる発言はしない。

優柔不断で逃げてばかりの私でもいいんだと言ってくれている気がして、泣きそうになった。

だから私も顔をあげていたいと思ったのかもしれない。


「鈴木くんはすごく気遣いやさんだね」

「そうかな? そう見えてるならいいんだけど」

好きだと思った人の笑顔が固い。

一度ヒビの入った壁では取り繕うのが難しいのだろう。

彼はため息をついて、だらりと腕をおろして空を見た。


「嘘。……単なる八方美人ってやつ」

誰も悲しい思いをしなくて済むように。

自分の気持ちには蓋をしてしまおう。

自分はこういう人間なんだと訴えても理解されない。

人の許容範囲をこえるキャパオーバーなものとして退けるしかなかった。