「本当に武藤さんのことが好きで大切にしたいと思ってるんだ」

不謹慎かもしれないが、こういう時に言うのはずるいと思った。

偽りが許されない状況だからこそ、本気が垣間見える。

それは怒り狂っていた野乃花にも伝わるもので、表情をどよませていた。

「あんた、苦しいの?」

「何も言えない。オレは野乃花ちゃんに謝るだけだ」

頭を下げたままの彼に野乃花は冷たい視線を向けるだけ。

やがてそれは彼の粘り勝ちとなり、野乃花はため息をついて額に手をあて空を見上げた。

サクランボ色の小さな唇が開いて、浮かばれない気持ちを吐露する。


「アタシの時は何も言ってくれなかったね。どうしていじめてきたのか、全く理由がわからなかった」

「それは……」

「まぁ、なんとなくはわかったよ。でもそれが免罪になると思わないで」

彼の頭を小さな手で鷲掴みし、突き飛ばすように前へと押す。

バランスを崩した彼が顔をあげると、切なげに目を赤らめて口角をあげる野乃花がいた。

視線の交わる二人を見て、私は何も口を出せない。

二人の間にはそう簡単には切れない特別な何かがある。


(……やだな)

その眼を向けるのは私だけがいい……なんて。

そんな無意識が彼の腕を掴む。


「武藤さん?」

「あっ……! ご、ごめんなさいっ……」

この感情は間違っている。

野乃花は嫌がらせを受けた被害者であり、彼は過去のこととせず真摯に謝っているだけ。

そこに私が入る隙がないのは当たり前のことであり、なんら気持ちを抱く必要もない。

だが私は足を前に踏み出し、彼と野乃花の前に立ちはだかっていた。

彼の意識が私以外に集中している。

私をかわいいと言い、見つめるその瞳に私以外を特別視していた。

私だけが立っていたポジションに、野乃花が立っている。

逃げていたくせに、いざ埋められそうになると私は泣きそうになって前に飛び出していた。


「……アタシは紛れもなく傷ついてたし、トラウマにもなった。男の子なんて大嫌いよ」

「それは……本当にごめんなさい」

何の言い訳も出来ずに立つだけの私に野乃花がくしゃりと笑う。

あれほど怒りに燃えていた彼女の中から炎が消える。