正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

「私のこと心配してくれてるんだよね? 自分が悪役みたいに振る舞って」

「なんでアイツを庇うの!? あなたが傷つくかもしれないのに!」

「むしろ傷つけてるのは私だから」

「……どういうこと?」

顎を引いて首を引っ込める。

淡く微笑むことで私は言葉を口にしない。

彼は優しい。

私のことを心から大事にしようと接してくれる。

だから怖いのだと。

人に嫌われることに慣れすぎて、彼の感情が動いてしまうのが怖い。

それが好きに傾いたとしてもだ。

いつか訪れる拒絶を知るくらいならば、はじめからいらない。

ずっとそうやって逃げてきて、心を騙してきた。


「あなた……」

もう騙せないと。

どうやって自分を誤魔化していたのかわからない。

今はこんなにも、彼を肯定できる人間でありたいと願った。

突如、感情を乱して涙を流す私を見て野乃花は息をのんでいた。



「野乃花ちゃん!!」


その呼び声は一心不乱に向けられる。

人気の少ない中庭に風が吹き、それを目で追うとその先には取り乱す彼。


「きゅ、急に現れないでよ!」

私と野乃花の間に流れていたしんみりとした空気を打ち破るように彼は駆けてきて、頭を垂れる。


「今まで本当にすみませんでした!!」


それは風をも封じてしまうほどに全力の謝罪だった。

長身の彼を見下ろせるほどに深く下げられた頭を見て、野乃花はじりじりと後退する。


「え、やだ。意味わかんない、やめてよ」

「本当に……たくさん傷つけてごめんなさい」


彼はいつも真っ直ぐだ。

だからこそその姿勢が彼なりの誠意だということもわかる。

私にはやたらと甘いくせに、彼は自罰的に苦さを噛みしめていることがよくあった。

それは少し、既視感があった。

鏡越しに見る自分とよく似た……戒めの目をしていた。


「何度でも謝る。野乃花ちゃんの気が済むならシワシワも我慢します。だから、武藤さんを好きな気持ちは認めてほしい!」

「ほわっ!? わ、私っ!?」


ブレのない愛情。

それは時に飛び火となって殴りかかってくる。

今、それを口にすべき時ではないというのに、彼は自分の気持ちに正直だった。

切望する姿を見ても、なぜそこまで彼を駆り立てるのか見当もつかなかった。