誰かが嫌がらせを受けていたら身を挺して守りに行けど、自ら人を泣かせるような行為に走るとは思えなかった。

だが野乃花が語るのは幼少期ゆえのいじめっ子だったと完結させてしまうには嫌なもの。

小学校で同じクラスだった二人の関係は、いじめっ子といじめられっ子。

彼に目をつけられた野乃花は毎日、嫌がらせを受けては泣いていた。

靴を隠されたり、大事なもの捨てられたり、ドッヂボールでは集中攻撃を受けた。

鬼ごっこでは嫌がる野乃花に対し、皆を扇動して追いかけ回す。

よく机の中に虫の死骸を入れられ、そのたびにわめくように泣いたと野乃花は語った。

あのニコニコした爽やかな彼がやっているとは思えない悪ガキっぷりに苦笑いしかない。

聞く分には小学生のいじめっ子というものだったが、野乃花の怯え方を見るとトラウマになっていることがわかった。

一度染み付いた恐怖はそう簡単に消えてくれない。

苦しい思いをした野乃花が彼に毛を逆立てるのも自己防衛の一種だった。


「アタシは……アイツの笑った顔が怖かった」

それは同じ”人を見る目”ではなかったと。

人間の皮を被った化け物だと恐怖を植え付けられた。

泣いてる野乃花を嬉々として笑って見下ろす。

やめてと言えば言うほど、彼は楽しそうに詰め寄っては笑っていた。

人をいじめて笑っている狂気に野乃花は限界を迎えた。

そのあと、転校することが決まり彼と距離を置くことになったそうだ。


「人の痛みを笑う奴は許せない! あんなのサイコパスだよ!」

野乃花の言い分を聞く限りでは、圧倒的に彼が悪いと思えた。

彼にどんな意図があったにしろ、野乃花が傷ついて恐怖していたことは事実。


「本当に怖くて……今でも男の子が苦手。毎日辛くてたまらなかった」

子どもの時の嫌な思い出では済まないほどに、人生において激しい警戒心を抱いて生きるようになった。


「アイツが幸せになるなんて認めない。危ない目に合いそうな子がいるのに放っておけないよ」


これは野乃花なりの正義だ。

のうのうと彼が恋人を作って幸せそうにすることを阻止しようとする。

お前のような人間が幸せになって許されるなと言わんばかりに、彼女は制裁を下そうとしていた。