「なんの嫌がらせだよ! 全然かわいくねーんだよ!」

(えー……)

何かがおかしい、と思う他なかった。

捕らえられた女子生徒はいつも絵里の後ろに隠れていた人だった。

普段、温厚な彼が怒って彼女を掴んでいるものだから、周囲にいた人たちの注目が集まる。

まるで弱い女の子を怒鳴りつける暴力的な光景だ。


「離せバカ。離さないと泣いて喚いてやる」

「いや、泣きたいのはこっちだから! 何なのあれ!?」


吠えてはいるものの、追いつめられているのは彼だ。

あまりのショックに彼は早口にごちゃごちゃしながら怒りと悲しみを訴えていた。


「あんなシワシワしたものばかり! 全っっっ然かわいくないよ!!」

(怒るとこそこなんだ)


心配して追いかけたが、彼の怒りの沸点に違和感を覚える。

論じるところは攻撃を受けたことではなく、彼の美学に反していたからだった。

思い返せば今日一日でずいぶん愉快なイタズラに満ちた日だった。

爬虫類が脱皮したもの、しわくちゃの中年男性顔、調理実習での干物。

キラキラとした宝石のような瞳が虚無にかわっていくのを見た。

彼にとっての美しいに背く混沌は常人には理解できないものだった。


「……ムカつく」

「何がっーー!」

「ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくッ!!」


地獄から這い出るおぞましさ。

猛烈でコントロール不能な怒りが彼に襲いかかった。


「ムカつくんだよっ!!」

「……えっと」

その爆弾に着火してしまったと気づき、先ほどまで荒れていた彼が冷静さを取り戻す。

対して彼女はまわりの注目に配慮する余裕もなくして牙をむき出しにしていた。


「あんたが嫌がることなんてわかってるのよバーッカ!! このサイコパス野郎!!」

「……あー、そういうこと」

レンズの向こう側が揺れた。

荒ぶる波に対し、息をひそめる彼の瞳から光が消えた。


「野乃花ちゃん?」


この二人は一体どんな関係?

まばゆい光をも飲み込む彼女との対立に、私は見ているばかり。

明るいとばかり思っていた彼から漂う闇に言葉が見つからなかった。