「オレ、帰るね。帰り、気をつけて」


私は世界一のワガママだ。

拒絶して、怖がって、自分の殻に閉じこもった。

だが怒りではなく、悲しみを見た瞬間に私は焦燥感に襲われる。

気持ちを直視する勇気なんてないくせに、彼にはそんな表情でいてほしくないと願う。

好意を向けられることは怖いが、失うのは嫌だった。

返せるものはないのに、欲してばかりのワガママ娘だった。


「……おいていかないで」


こんなか細い声ではきっと届かない。

言葉に込めた気持ちは簡単には伝わらない。

届いたところで歪みが歪みを生んでいく。

言葉が届かない恐怖も、言葉が受け取れない苦しみも、知っている。

それでも私は泥水をすすって諦めることが出来ずにいた。


「武藤さん、いま……」


怯えていたのは、執着していたから。

自分を傷つけるのは、気持ちの裏返し。

ほしいものほど遠ざけるのは、拒絶されるのが怖いからだ。

自分がされて一番嫌なことを人にする卑怯者。

そんな私が今できる精一杯が、琴線に触れた想いを口にすることだった。


「どうしたらいいとか、何にもわかんないけど私ーーっ!」


ーーバシッ!!

「「……」」


夢から覚めたような気分だった。

閉ざされていた音が一気にあふれ出す。

熱っぽく浮いていた視界がはっきりとした輪郭を出していき、足元に落ちた”顔”も鮮明だ。


(……顔?)

休み時間にどこからか飛んできたゴムの顔。

しわくちゃの中年男性が哀愁を漂わせながら地面に落ちている。


(シュール……)

それを笑いとばせるだけの力が私にはない。

困惑だけが残り、私は恐る恐る顔をあげて彼を見た。


「……もうムリ」

「鈴木くん?」


それは見たことのない新しい彼。


「あーっ! もうムリ! かわいくねぇ!!」


赤鬼が顕現する。

鋭い眼光が廊下で身を潜める一人の女子生徒に向けられた。

ずんずん詰め寄り、女子生徒の首根っこを掴んで声を荒げた。


「お前ふざけんなよ、何なんだよ!」

「や、やばぁ……」

捕まってギクッと身を縮め、汗をダラダラと流す。

こげ茶色の髪を二つに結い、眼鏡をかけた色白の女の子。