「あ……アルバイトなんだけど」

そんな私が手を伸ばしている。

背を向けないでほしいと。

私の言葉を聞いてほしいと。

……彼の反応を見てみたいと、抑えきれない欲望に支配された。


「面接決まったから鈴木くんにはちゃんと伝えておきたく……て!?」

「よかった! 気になってたんだ!」


がしっと手を握られ、上からキラキラの星が降ってくる。

じめっとした空気を吹き飛ばして眩い笑顔が心臓を鷲掴みしてきた。


「武藤さんならきちんと丁寧な仕事出来るよ! だって料理だってあんなに手際いいし!」

息をのみ、短い悲鳴をあげる。


「み、みみ見てたの!?」
「あ、えっと、その……ごめんなさい」

どんどん小声になっていき、ソワソワした目つきで私の顔色を伺ってくる。

なんとなく彼が俯いているのは嫌だと思った。

弾けるように笑ったり、慈愛に満ちた穏やかな笑顔の彼を見ていたい。

私にとっては太陽のような人であり、落ち込んでいるならば顔を持ち上げたくなった。


「怒ってないからいいよ」


どうしてこんな気持ちになるのだろう。

いや、本当はわかっている。

わかってて、頭の中でも言語化しないように意識を反らした。

のろのろドンくさい歩き方で、つまずいては転ぶを繰り返す。

それでも彼は笑って手を差し伸べてくれた。

いつ、その笑顔は苛立ちに変わると不安になっていた。

それが訪れても「ほらやっぱり」と分かった顔をしたがる。

そうやって構えていても、彼の表情は想像を超えてうっとりと見つめてきた。

情欲に濡れる瞳に恥ずかしくなり、赤面すると彼はハッとして後退る。


「ごめん。あんまり見ないで」


廊下にたまる男子たちの輪へ逃げようと彼は背を向けようとした。

背中は見たくないと、離れようとする彼の手につかみかかった。

いつもと立場が逆転し、お互いに言葉が出てこない。

そうやって見つめ合い、やがて彼が折れて赤くなって吐息混じりに声を出す。


「かわいくて抱きしめたくなっちゃうから。……怖がらせてしまうから、ごめんね」


先に拒絶したのは私だ。

彼を遠ざけたくて冷たい言葉を吐いた。

情緒不安定さから逃げ癖に甘えて私から背を向けていた。

怒ることのない彼を試すように何度も突き放して……。

新しく見えた顔は、罪悪感に押しつぶされそうな戸惑う顔だった。