放課後、私は掃除当番を終えてその片付けをしていた。

スカートに入れていたスマートフォンを手に取ると、メールボックスのアイコンが受信を知らせている。

箒を壁にたてかけ、メールボックスを開くとアルバイトを募集していたところから面接日の連絡が来ていた。

順調にことが進み、私の気持ちは舞い上がる。


(これで決まればまたお金貯めていかないと!)


ふと、彼の笑顔が脳裏に過った。


(鈴木くんにはお世話になったし、報告はしておいた方がいいよね?)


彼が見つめてくれなかったら、彼が考えてくれなければ。

私は先へ進む勇気がもてなかったかもしれない。

アルバイトに応募するだけで私には重い選択であり、恐怖の塊だ。

他人から見たら小さなことでも、私には大きな大きな一歩だった。


(鈴木くん、まだいるかな?)


片付けを終えて教室内を見渡す。

いつもなら目立つ彼が教室の隅っこで換気のため開けていた窓から外を眺めている。

風が入り込み、彼の赤褐色の髪がなびいていた。


「……武藤さん」

「あ……」


風を追うように視線を動かした彼と目が合う。

声をかけることも出来ないのに、私は無意識に彼の前まで歩み寄っていた。

まだ明るさの戻らない彼が無理やり口角をあげ、クシャっと笑う。


「今日は掃除当番だったの?」

「うん……」

(なんだか、変なの)


別世界で生きている人が同じ目線になったような……。

手の届かない人も同じ人間だとわかっていながら、遠くに見えてしまう。

そうやって彼を認識していたが、今日の彼は弱々しい。

無自覚に私を引き寄せる。

背伸びをして、私は彼の頬に手を伸ばしていた。



「うわっ!?」


バクバク。

喉のヒリヒリ感と、目が渇く感覚。

驚きが重なって距離が出来る。

耳まで真っ赤にした彼が動揺し、じりじりと後退りながら顔を隠していた。


「ごめっ……! オレ、帰るからっ……!」

「まっ……待って!」


腕を掴んで引き止めてしまう。


「えっと、どうしたの?」

「あの……その……」


衝動だった。

今まではきっと背中を見送るだけだった。

言葉を間違えることに怯えて手を引っ込めるばかり。