正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

「ひなたちゃーーーーーーね。隼斗のまわーーーーープだ」

彼が鼻高々に彼女と口にしていたため、絵里は私たちの関係性を大きく誤解している。

(彼女だけど、彼女じゃないよぉ……)

今の状態を何と呼ぶのだろう。

彼のことは嫌いではないが、まだ気持ちに名前がつかない。

好きだと言われるたびに、気持ちの大きさに圧倒されて委縮する。

同じ言葉を返せるほど、私は前だけを見つめることが出来なかった。


「絵里ちゃん、授業遅れるよー」

「あ、今行くー」


絵里の後ろに立つ女子生徒は妙にぴりついた空気を出している。

じろりと見られると恐怖心に声が漏れた。

ビクビク震えるばかりの私と女子生徒に気づいた絵里が苦笑いをして、女子生徒の頭を小突く。


「またね、ひなたちゃん。隼斗によろしく」

ずれた眼鏡をなおし、絵里の腕を引っ張って去ろうとする。

へらへら笑って手を振る絵里を見送りながら、私は胸をなでおろし息をついた。


「私も戻らないと」


ーーーーーーーーーー



「武藤さん戻ってきた」


(いきなりばったりー!)

気持ちを落ち着けてから戻った……はずだった。

教室の引き戸をあけた途端、視界に広がったのはカーディガンに白シャツ。

身長差のある中で顔をあげると、キラキラした笑顔と赤褐色の太陽が見えた。

鼻をくすぐる爽やかな香り。

一見すると好青年な人だが、私にはもうそう映らない。

眩しさの奥に獲物を虎視眈々狙う姿が見え、心の中で悲鳴を上げた。


「あのさ、バイト探してたじゃん?」

「えっ!? う、うん」

「オレも探してみたんだけど、これどうかなって?」


ニコニコ顔には眩暈がする。

ひたすらに明るい彼につられて、まるで私も浮いているようだ。

教室の出入り口で彼が私の身長にあわせてスマートフォンをさげてくれたが、ついその高さに背伸びをしてしまう。

彼の身長が高いだけなのか、私が小さいだけなのか。

スマートフォンの画面を覗くと、そこには動物園の共有施設の清掃アルバイトの求人が載っていた。