一度、意識してしまうと過敏になるものだ。

「あ、武藤さんおは……」

普段はドンくさくても、逃げ足だけは早い自信がある。

脱兎のごとく、私は彼の笑顔を前に背を向けて走り出した。

(な、なんで私逃げてるの? 鈴木くんの顔が直視できない)

普通に接すればいいだけのこと。

いや、普通ってなんだと頭の中がごちゃごちゃしている。

周りと足並みをそろえることが出来ない人間が混乱すると、それは混沌と呼ぶのが相応しい。

(ドキドキ? ううん、違う。びっくりしてるだけ)

こんなに誰かに好意を向けられたのははじめてだから対応がわからないだけ。

幼いころから誰かに求められた経験がない。

かごめかごめをすれば最後に一人余ってしまうような人間だ。

こうして逃げるから不信に思われるとわかっていても、身体は逃げることに慣れていた。


(教室、戻らないと……)

「あー! 隼斗の彼女ちゃんだ!」


特進クラスとは校舎が分かれており、基本的に交流がない。

たまに合同で実習をしたり、イベントなどで顔をあわせる程度だ。

渡り廊下で繋がる校舎を走っているうちに、特進クラスの近くまで逃げていたようで、私は足を止めて振り返る。


「えっと……」

サラサラの黒髪ロングは誰もが一度は憧れる麗しさ。

凛とした顔立ちの生徒は彼と昼食をとっているときに声をかけてきた人だ。

なんとなく顔を覚えて入るものの、名前を思い出せない。

彼女の後ろでもう一人、女子生徒がこちらをじろりと覗き見てくるものだから肩が跳ねた。


「そっか、ごめんね。ちゃんと名乗ってなかったよね」

きらりとした黒目は自信に満ちており、堂々として晴れやかだ。

「高尾 絵里です。特進コースで、一応生徒会長やってます」

「武藤 ひなたです。よ、よろしくお願いします」

深々と頭をさげて、彼女の足元をみる。

生徒会長ならばある程度顔は広いはず。

それをまったく認識していなかったのだから、私の興味関心は薄っぺらい。

人のざわめきには敏感なくせに、相手の顔をみない癖があった。


「はあーん、なるほど。こういう子がタイプだったか」

鼻の穴を大きく開いて、ニタリと笑う姿は強気な肉食女子。

食われてばかりの兎は逃げられない。