正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

あなたの言葉を聞き取れなくても、何度でも伝えてくれる?

私は言葉を理解したいのに、いつも私の耳は一番聞きたい音色だけを聞かせてくれない。

この静かな空間で、普段から柔らかい言葉を聞くことが出来たらと涙する。


「オレには武藤さんがかわいくて仕方ない。それがオレの正直な気持ち」

「バカ。……ありがとう」

卑屈な私だけど、優しい言葉はありのままに受け入れたい。

嬉しい気持ちをそのまま嬉しいと言えたらどれだけいいだろう。

彼にとっての”かわいい”はよくわからないままだけど、肯定的に捉えたい。

好きと同じだけの気持ちはまだ返せないが、今ある好意を見せたいと思った。

無意識に、身体は動いていた。

やさしく包み込んでくる手に目を閉じて、少しだけ顔を上下に動かした。


「……かわいすぎる」
  
彼のツボは曖昧だ。

何が引き金となり、過剰な行動に繋がるのか。

ほっぺをフニフニと摘ままれ、どう反応したらよいかわからずにしかめっ面をしてしまう。

「いひゃいです」

「あー! もう、どうしようー……」

左手をグッと握りしめていても、頬を摘まむ右手は正直だ。

指先から伝わる彼の葛藤にだんだんと恥ずかしくなって、私は爆発した。

パニックに陥った私の手は彼の肩をありったけの力で突き飛ばす。

体勢を崩した彼の隙を、猛獣から逃げるうさぎのように地面を蹴って抜け出した。


「ご、ごめんなさい! ま、また学校で!!」

(あああああ!!)


川のせせらぎが、葉を揺らす風の音が。

(どうしよう。触られた頬が熱い)


地面を蹴る足音が、やけにはっきりとした音となり耳に届く。

混ざりあった音の中で私の心はさらに大きな叫びをあげていた。


(どうして……胸が痛いの?)


弾ける音はだんだんと泥に潰れていく。

チカチカしていた視界がぐらついて、足が重くなっていた。

言葉を聞ける素直さがあれば、疑心暗鬼にならずにいられた?

好きと言われて罪悪感を抱くことのない人間でありたかった。

そう囚われると世界の色が霞んで見えるのだった。