正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

もうこれで終わりだ。

勘違いだらけの楽しい時間はいつか鐘を鳴らす。

私は走って逃げるだけ。

キレイな思い出だけを抱いてまた日常を生きていくのだろう。


「……よし。決めた」

後ろを歩いていた彼が足を止め、深呼吸をする。

そして天を仰いだかと思えば、真剣なまなざしをしてこちらに詰め寄ってきた。


(怒って……というか近……!)

「えっ……ええっ!?」

「もう隠さないっ! オレ、後悔したくないから!」

「ーーっ!? いっーー!」


溺れてしまう。

感情の波が、熱い吐息が、私を飲み込んでいく。

誰かと近い距離でいることを怖がる私が、空白のない距離で彼に触れている。

羞恥と、混乱と、直に触れる体温に目を回した。


「ねぇっ……は、はなして……」

「オレ、本当に武藤さんが好きなんだ。ずっとかわいいと思ってた」

チクッと胸に針が刺さる。

だがその痛みを超えて、彼の抱きしめる力に息が出来なくなった。


「武藤さん見てるといじわるしたくなる」


耳元でささやかれる言葉は制御できるものではない。

世界には音が溢れていて、人の声も雑踏の中に紛れていく。


「抱き潰したいし、なんか色んな表情見たいって思うと……」


それは私に向けられたことのない言葉として耳が受け取る。

これは甘いものではない。


「なんかゾクゾクするんだよね」

「……はい?」


糖分の多すぎる危険人物。

弱い私を舐めるような目つき。

かわいいものはビクビクしているのが最強だ。

妄想の中で壊したくなってしまうような……。

飴細工をガリッと噛んでしまうような衝動だった。