たまに感じる彼の肉食動物の気配。

鋭い眼光に見られると私は委縮して動けない。

人に合わせたフラットな関係をこなす彼が捕食者になる。

どこから湧いているのかわからない執着。


「武藤さんちょっとずるいよ。抑えが効かない」

その粘着質な感情をぶつけられると怖くなる。

これが好意からきているとわかるからこそ、はじめての情欲は戸惑いだらけだ。


(そんなふうに言わないで。どうせこの人だって)

言葉がただの雑音になる。

それを聞き取ろうとして、間違って、それは苛立ちへと繋がっていく。

だったら最初から会話をしないほうがいい。

失敗を繰り返して学びはあっても、私から勇気を奪っていた。


【嫌われるくらいなら、先に嫌いになる】


ーードンッ!


いつしか自分から逃げることを覚えた私は彼の肩を力いっぱい押した。


「あ……ごめん。オレ……」

苦しみに喉が締め付けられる。

傷ついた表情をみると、自罰的な気持ちがあふれ出す。


「やっぱり付き合えない。私、鈴木くんの気持ちが理解出来ないから」

「い、嫌なら触れないっ! オレ、武藤さんのこと大事にしたいんだ!」

「すぐそんなこと思わなくなるよ」

「えっ?」


彼はやさしい。

甘くて、それはお姫様にでもなったと錯覚してしまうほどに。


「……帰ろう」

これ以上一緒にいるのは、怖い。

そう思うのは私が弱虫だからだろうか。

自分を好きになってほしくて頑張る生き物のはずなのに、私は嫌われるための行動をとる。

そうしてどんどん世界を狭くして、自分を守っていた。


(彼からあの目で見られると思うと……)

会話を聞き取れない私は人の輪に入れない。

何度も聞き返すうちに人は眉根を寄せていく。

自分を悪いと見せかけた責める言葉が降ってくる。

私の耳が悪い。

誰もが饒舌にしゃべる中で、すべてが流れていく。

相手を怒らせずにコミュニケーションを取る方法を知りたかった。


ーーーーーー


気まずい空気の重さを感じながら、私たちは会話なく歩いていく。

動物園を出て、大きな川沿いの公園を歩いた。

せせらぎ音が聞こえるが、この距離ならば邪魔にならない。

それだけを聞いている分にはざわつく心を静めてくれた。