キュートアグレッションな彼氏と弱虫彼女~聞き取り下手な彼女に捧ぐくせ強な愛言葉~

このやさしい眼差しに唇をきゅっと結ぶ。

こうして縮こまるときにやさしく声をかけられると涙が出そうになった。

泣いたら人を困らせると、私は彼から目を反らして震える声で会話を続ける。


「や……れそうなバイトがあまりなくて」

「高校生だと出来るの限られるからね。コンビニとかカフェは?」

「……接客は避けたくて」

「うーん、なら調理はどうかな? 裏方だし、お客さんとあまり関わらないよ」

幅の狭い選択肢のなかで彼は思いつく限りのアイデアを出してくる。

ワガママばかりの私にあわせて、前の席に座ってにこっと微笑んできた。

「武藤さん、料理出来るんだし」

「調理……」

意見が出たところで先にマイナス要素が思い浮かぶのが情けない。

ドンくさくて不器用な私にてきぱきと動くことを要求されてこなせるだろうか。

ドタバタしているときに指示されて聞き直さずに理解できるだろうか。

やってもいないくせに、不安ばかりを具体的に想像する。

前向きにとらえられず、返事が出来ないことにまた自己嫌悪した。


「……ねぇ、武藤さん。週末、一緒に出かけない?」

「えっ?」

(週末って言った?)


「煮詰まってても仕方ないしさ。少しリラックスしようよ」

彼は私の中に新しい風を通してくれる。

「フラフラしてたらやりたいこと見つけられるかもしれないし」

一人でうずくまり、負のループに陥りがちな私に手を差し出してくれる。

怯えて握り返せないでいると、向こうからぐっと引っ張ってくるものだから息をのむ。

前向きな姿に私は泣いてしまいそうだ。

唇を震わせながら、私はあたたかい気持ちが嬉しくて笑った。


「うん。……動物園、行きたいな」

「っうん! 行こう!」

前を向きたい。

だけど私は前を向こうとして頑張ってしまう。

結局、頑張ってもうまくいかずに落ち込んでいた。

彼のそれでもいいよ、と絶対的に受け入れてくれる姿勢。

考えて動くことが出来ない私の手が、いつのまにか彼の手を握り返していた。
混雑する休日の駅。

いくつも改札がある大型の駅で私は迷ってしまい、待ち合わせの時間に遅れていた。

ようやく目的の場所にたどりつき、あたりを見回すも音でいっぱいだ。

「武藤さんっ!」

「ひゃっ!?」

後ろから肩を叩かれ、振り返った先に彼がいた。

まったく彼の呼び声を認識していなかったため、落ち着かない目でまわりをキョロキョロ見る。


「ご、ごめんなさい。改札間違えて迷っちゃって……」

「大丈ーーーーよ。出ーーーーよね」

私の声は彼に届いているのだろうか。

私の耳には彼の言葉が届かない。

反応できずにソワソワしていると彼がにこっと笑い、腕を引いてくる。

「行こっ! きゅーーーーーーーうけど、オレがーーーーーらねっ!」

まともに会話が出来ていないのに、彼はそれを受容してくれる。

嫌な顔どころか、いつも柔らかく微笑んでくれるので胸がきゅっと締め付けられた。

彼の腕を掴み、じっと見上げると彼は耳まで真っ赤にして目を反らす。


「手……手を……」

(なんだろう?)

「な、なんだったら手をーーーとか」


そこで私は彼の腕を掴んでいることに気づく。

無意識に彼に媚びるようなことをしており、恥ずかしさに手を離す。


「ご、ごめんなさい! 行こう!」

足早に駅構内を走り、外へと出る。

信号待ちをしながら私は全身脈打つような激しい鼓動に叫びたい気持ちになっていた。

これから私たちは動物園へと行く。

賑やかな場所ということもあり、なかなか勇気を出していくことが出来なかった場所。

彼と一緒なら怖くないかもしれないと、私にしてはめずらしく意思を示して決定した。


ーーーーーー


「ほら、武藤さん! 子パンダがいるよ!」

「かわいい。思ってたより大きいなー」

私の希望で動物園に行くことが決まったのに、私以上に目を輝かせてはしゃいでいる。

いつもは大人びている印象だったが、動物を見る姿は子どもと変わらない。

笹を食べている大きなパンダを見ていたが、その隣をのっそりと動く小さなパンダがいることに気づく。

笹を食べている大きなパンダが壁となり、子パンダは餌にありつけない。

その様子を彼はじっと見つめ、うずうずと指先を動かしていた。
「かわいい」

(子パンダが好きなのかな?)

一向に餌を手にできない子パンダに夢中になる彼がかわいく見えた。

遠い存在だと思っていた人が嬉しそうにしていると、不思議と私も気持ちが高揚した。

偽りはなくてもただ爽やかに生きる人。

そんな彼にも人前に見せない一面があると知り、私はつい彼の横顔を見つめていた。

それから園内マップに従い、あちこちと動物を見に回っていく。

騒がしくてまともな会話にならなかったが、彼の笑顔をみていると気にならなかった。

「ホッキョクグマにゾウにカピバラ……と」

彼は満足そうに鼻を鳴らし、それはギラギラと目を光らせる。

お昼時を過ぎて、レストランも比較的空いてきた頃、私たちは遅めの昼食をとることにした。

「カピバラかわいかったね」

「お風呂入ってた。気持ちよさそうだったね」

「一緒に入って抱きしめたくなるね」

「あは、それは楽しそう」

カピバラと一緒にお風呂に入る。

なんとファンシーで幸せな夢だろうか。

私だけでなく、彼も心から動物園を楽しんでくれているようでふわふわした気持ちになる。

「メ、メニュー見よっか」

真っ赤になってメニューを手に取り、顔を隠す。

(何か変なこと言ったかな?)

彼の表情が見えなくなることは少しだけ嫌だった。

不愉快な思いをさせていないだろうかと嫌な想像ばかりをする。

いつもニコニコしている彼を見ていると、自分がコミュニケーションをとれないこと忘れてしまう。

それはどこにでもいる普通の人になれたようで、私にも許される場所があると安堵した。


「ね、武藤さん! まゆタレうさぎのランチプレートだって!」

突如、彼がメニューを突き出しハイテンションに声を出す。

定番のメニューとは別に、期間限定コラボメニューとして”まゆシリーズ”が彩っていた。

「ホントだ。あ、まゆクシャいぬもある」

「まゆクシャが好きなの?」

「うん。なんかおじいちゃんみたいでかわいい」

「うん、かわいいね……」

何故だか彼は遠い目をして顔を反らしてしまう。

比較的わかりやすい反応の多い彼だが、読めないときはまったく反応原理が不明だ。

私はそれをじっと見ているしか出来ず、時間は過ぎていった。
ーーーーーーー

夕方になり、ゆっくり回っていた動物園もほとんど見終えた。

人の少なくなった園内を見て、少し肌寒さを感じ息を吐く。

騒がしい場所であまり相手の顔色を気にせずに楽しめたことに気持ちが浮く。

誰かとこんなに話したのは久しぶりだと口元を隠し、頬を染めた。


「……鈴木くん?」

ふと、彼が一点を見つめていることに気づく。

子ども向けの触れ合うことが出来るキッズ動物園。

昼間は混雑しており入ることの出来なかった場所を彼は物寂し気に見つめていた。

そういえば彼はまゆタレうさぎが好きだった。

ということはうさぎが好きなのかもしれない。

「入ってみる?」

「……うん!」

星のようにキラキラ。

赤茶色の瞳の中は金銀とたくさんの輝きに満ちている。

太陽のように眩しいときもあれば、繊細な輝きを見せることもある。

不思議な人だとつい見入ってしまった。

うさぎとのふれあい広場に入ると、足元にうさぎが寄ってくる。

嬉しくなって私はしゃがみこみ、うさぎを手招きして反応を眺めた。

人懐っこい子が指先の匂いをかぎ、じっと見つめてくるので嬉しくなって彼を見る。

……彼のまわりにうさぎはいなかった。

オロオロするばかりの彼はやがて落ち込み、離れていくうさぎの背を見るばかり。


「鈴木くん、この子人懐っこいよ」

人懐っこい子ならば彼も触れるかもしれない。

そう思い、上目遣いに彼を呼ぶと彼は目をうるうるさせ駆け寄ってくる。

「武藤さん!」

「わっ!?」

うさぎが逃げていく。

急に抱きしめられ、私は体勢を崩して彼に寄りかかってしまう。

「ムリッ! 我慢できないっ!」

「す、鈴木くん?」

混乱してあたふたしていると、更に状況がつかめなくなる事態が起きた。


「いっ!? 痛いっ! 痛いって!」

それは圧迫され、潰れてしまいそうな加減のない抱擁だった。

内臓までうっとくるほどにギュッとされ、私は反射的に彼の背中を叩く。

「ご、ごめん。かわいすぎて……」

必死の抵抗に我に返った彼が腕から力を抜き、顔をのぞきこんでくる。

至近距離に恥ずかしくなり、目を反らしてか細い声を出す。
たまに感じる彼の肉食動物の気配。

鋭い眼光に見られると私は委縮して動けない。

人に合わせたフラットな関係をこなす彼が捕食者になる。

どこから湧いているのかわからない執着。


「武藤さんちょっとずるいよ。抑えが効かない」

その粘着質な感情をぶつけられると怖くなる。

これが好意からきているとわかるからこそ、はじめての情欲は戸惑いだらけだ。


(そんなふうに言わないで。どうせこの人だって)

言葉がただの雑音になる。

それを聞き取ろうとして、間違って、それは苛立ちへと繋がっていく。

だったら最初から会話をしないほうがいい。

失敗を繰り返して学びはあっても、私から勇気を奪っていた。


【嫌われるくらいなら、先に嫌いになる】


ーードンッ!


いつしか自分から逃げることを覚えた私は彼の肩を力いっぱい押した。


「あ……ごめん。オレ……」

苦しみに喉が締め付けられる。

傷ついた表情をみると、自罰的な気持ちがあふれ出す。


「やっぱり付き合えない。私、鈴木くんの気持ちが理解出来ないから」

「い、嫌なら触れないっ! オレ、武藤さんのこと大事にしたいんだ!」

「すぐそんなこと思わなくなるよ」

「えっ?」


彼はやさしい。

甘くて、それはお姫様にでもなったと錯覚してしまうほどに。


「……帰ろう」

これ以上一緒にいるのは、怖い。

そう思うのは私が弱虫だからだろうか。

自分を好きになってほしくて頑張る生き物のはずなのに、私は嫌われるための行動をとる。

そうしてどんどん世界を狭くして、自分を守っていた。


(彼からあの目で見られると思うと……)

会話を聞き取れない私は人の輪に入れない。

何度も聞き返すうちに人は眉根を寄せていく。

自分を悪いと見せかけた責める言葉が降ってくる。

私の耳が悪い。

誰もが饒舌にしゃべる中で、すべてが流れていく。

相手を怒らせずにコミュニケーションを取る方法を知りたかった。


ーーーーーー


気まずい空気の重さを感じながら、私たちは会話なく歩いていく。

動物園を出て、大きな川沿いの公園を歩いた。

せせらぎ音が聞こえるが、この距離ならば邪魔にならない。

それだけを聞いている分にはざわつく心を静めてくれた。
もうこれで終わりだ。

勘違いだらけの楽しい時間はいつか鐘を鳴らす。

私は走って逃げるだけ。

キレイな思い出だけを抱いてまた日常を生きていくのだろう。


「……よし。決めた」

後ろを歩いていた彼が足を止め、深呼吸をする。

そして天を仰いだかと思えば、真剣なまなざしをしてこちらに詰め寄ってきた。


(怒って……というか近……!)

「えっ……ええっ!?」

「もう隠さないっ! オレ、後悔したくないから!」

「ーーっ!? いっーー!」


溺れてしまう。

感情の波が、熱い吐息が、私を飲み込んでいく。

誰かと近い距離でいることを怖がる私が、空白のない距離で彼に触れている。

羞恥と、混乱と、直に触れる体温に目を回した。


「ねぇっ……は、はなして……」

「オレ、本当に武藤さんが好きなんだ。ずっとかわいいと思ってた」

チクッと胸に針が刺さる。

だがその痛みを超えて、彼の抱きしめる力に息が出来なくなった。


「武藤さん見てるといじわるしたくなる」


耳元でささやかれる言葉は制御できるものではない。

世界には音が溢れていて、人の声も雑踏の中に紛れていく。


「抱き潰したいし、なんか色んな表情見たいって思うと……」


それは私に向けられたことのない言葉として耳が受け取る。

これは甘いものではない。


「なんかゾクゾクするんだよね」

「……はい?」


糖分の多すぎる危険人物。

弱い私を舐めるような目つき。

かわいいものはビクビクしているのが最強だ。

妄想の中で壊したくなってしまうような……。

飴細工をガリッと噛んでしまうような衝動だった。
サラサラ、サラサラ。

川のせせらぎがやけに耳に触れる。

上書きするように呼吸を感じると私の身体はビクッと跳ね上がってしまう。


「えっと……どういうことですか?」

「あ、えっと、誤解しないで! 本気で虐めたいとかそんなんじゃなくて!」

落ち着いた大人びた男の子。

それが年相応の男の子になっていく。

平静を装っていただけの子どもがひょっこり顔を出す。


「攻撃したいとか、そういうのではなくて……」

曖昧な言葉にしかならない。

きっと彼はすべてに本気なのだろう。

やさしい彼も、甘いばかりの彼も、ギラギラの目をした彼も。

内側は愛情に満ちた人で、それが過剰な表現になる。


「それだけの説明だとわからない」

「そ……そうだよね。どう言えばいいのかな……」

うろたえる彼は珍しい。

コントロールの効かない愛情に戸惑っているのは彼だった。

こうも不安定な彼を見ると、泣いてばかりの私が妙に背筋を伸ばしていた。


「とりあえず離してください。……いたいです」

「ご、ごめん。……ほんと、やり過ぎてしまう」

「座って話しませんか?」

「……うん」

落ち込んだ彼の手を引いて歩いていく。

ベンチに座るとすぐに頭を抱え、うずくまる彼に言葉が出ない。

すでに愛情深い人だと思っていたが、それでも抑え込んでいたようだ。

爆発した感情にひどく後悔していた。

それでも彼はこの気持ちに向き合う勇気があるようで、ポツリと懺悔のように口を開く。


「オレ、昔からかわいいものが好きで。その……かわいすぎて」

(真っ赤……)

夕日に紛れた赤ではない。

これは彼にとっての恥をさらしていた。

「いじりたくなっちゃうんだ」

「いじる?」

「害を与えたいわけじゃなくて、ただ本当にかわいすぎてドキドキするんだ」

泣かせたいわけじゃないのに、弱くうるうるした目が好き。

嫌がっているとわかっていても、その顔が好き。

思春期に口にしては危険な愛情癖だ。


「ぬいぐるみとか引っ張ってしまったり、赤ちゃんのほっぺとかフニフニしたくて」

大きな関節の浮き出る手で顔を覆い隠し、止まらない告白をする。

小動物とか見るとかわいすぎて触るのが怖いくらいだと。

それでも抱きしめたいし、フニフニしたいから手を伸ばさずにはいられないと赤裸々だ。

ふれあい広場でうさぎに触れたくても逃げられていた彼を思い出す。

うさぎは彼の捕食欲を察知していたのだろう。

彼がかわいいもの好きなのはよく理解した。

だがそれが私への恋愛感情とは結びつかず、首を傾げざるを得ない。


「それと私のなんの関係が?」
「何言ってるの!? 武藤さんほどかわいくてやばいのいないよ!!」

「ほわっ!?」

グッと手を握られ、太陽よりも眩しい恒星の瞳を向ける。

ぐわっと激しく、早口に。

隠す必要のなかった彼の世界が大爆発を起こした。

「ぴょこぴょこビクビクとなんかもう動いてるだけでかわいいし! ご飯もごもご食べるのもかわいいし!」

「えーっと……」

「ほっぺ柔らかいし、抱きしめるとほんっとに潰しそうで怖くなるくらいかわいい!」

「ねぇ待って、は、恥ずかしーー……」

「それにっ……笑うとめちゃくちゃかわいい」

熱っぽい吐息とともに彼が私の肩に顔を埋める。

後ろ向きな感情一つない恋は制御不能。

それを押し返せるほど私は甘いものが嫌いではなかった。


「いつもこっそり頑張っててなんかもぅ……いじらしくてかわいいんだ」

この衝動を抑えられないのは私のせいだと責めてくる。

そんな一方的な歪な愛に私はついていけない。

それほど愛情を向けられるだけの資格はないと、悲しくなって指を丸めた。


「ごめんなさい。全くわかりません」

その一言に彼は眉をさげて切なく微笑む。


「そんなものだよ。自分でもヤベー奴ってのはわかって……」

「そうじゃなくて! 私がかわいいって思う気持ちがわからないの!」

「え、なんで!?」

「なんでって……」

会話が本筋とは離れた方向に飛んでいる気がした。

彼はやたらとかわいいと褒めてくれるが、自分がその言葉に値する人間と思っていない。

卑屈で、後ろ向きで、動き出すことが出来ずにみんなの後ろ姿を見ているだけ。


(全然かわいくないから。……私を好きなんて、わかんない)

彼は私を知らないから。

人をイラつかせる私が誰かに好かれる理由が見えてこない。

その熱っぽい瞳に私はどう映っているのだろう。

他の人には陰鬱だととらえられる姿が光って見えるのだろうか。


(知りたい……なんて)

「武藤さんはかわいいし優しい。好きになる理由はそれだけじゃダメ?」

「何か勘違いさせたならごめんなさい。でも私、好きって言われるような人間じゃない」

「そんなふうに言わないで! オレ、本当に武藤さんが好きだから!」


それは切羽詰まった情熱。

音色から溢れ出す欲に触発され、私の頬が赤く染まる。

大きな手が伸びてきて、私の耳をなぞって包んだ。


「自信なくてもいいから、オレの気持ちは否定しないで」


こんなにたくさんの愛情を向けられたことがない。

はじめて受けるそれは小さな受け皿にはいっぱいすぎるもので、あふれ出す。


「えっ!? 武藤さん!?」
こういう時、人と上手く関わる方法を切望するが簡単に掴むことは出来ない。

向けられる戸惑いに返す言葉がわからなくて、代わりに涙が流れるだけだった。

「なんで泣くの?」

「ごめんなさい、ごめんなさい……」

「泣いてるだけじゃわからない。オレは武藤さんの気持ちが知りたい」

「だって鈴木くんもいなくなるでしょ?」

愛想が尽きて去っていく背中を見た。

向き合おうと発してくれた言葉を受け取れず、やがてそれは諦めとなった。

好きだと思っていた人が去っていく。

そのたびに私は自己嫌悪し、どんどん世界を狭めていく。

頑張ってもそれが正しいかなんてわからなくて。

それでも自分に出来ることをと思って手を伸ばしても……振り払われる。

そんなことを繰り返していくうちに私は人と関わることが怖くなっていた。

自分でも気づかないうちに、恐怖は私の中に侵食しきっていた。


「いなくならないよ?」

「だって本当のこと言ったらみんな離れちゃうじゃん! そうやって優しくして、期待させないで!」


彼を信じて、ひと時幸せだとしても。

その先に待つ絶望は幸せだった時間を飲み込んでいく。

そうなってしまえば私は耐えられない。

誰かを好きになっても、相手の幸せ像に私は不要だ。


「嫌われるくらいなら、近づかない。 深く関わると、怖いから」

「……抱きしめて、いい?」


これほど言っても折れない彼にカッとなり、顔を上げる。


「よくない! だからそうやって言われても期待には応えられなーー!!」

あんなに力加減がおかしかったのに。

そうやって優しく抱きしめることも出来るのに。


「なんで……」

「オレ以外のことで泣かないで」


……なにか論点がずれている。

だが彼は真面目な様子で、一心に向けられる愛情に胸がざわついた。


「今まで何言われたかはわかんないけど、オレはそのままの武藤さんが好きだよ?」

耳に触れていた右手が頬を包む。

紅潮した熱が伝わってきて、どちらが恥ずかしがっているのかわからない。

「だってこんなかわいいんだ。それでいてオレといて笑ってくれる」

笑ってしまうのは彼の気持ちが優しくてふわふわしているから。

驕ってしまいそうになるほどに、私を勘違いさせる甘さ。

まるで人と会話するときに妨げになっているものがない気分になる。

それくらいに彼は私に怒りを見せない。


「それだけ周りのこと考えてるから怖いだけだよ。それってめちゃくちゃ優しいし、かわいいよ」

「……そんな善人じゃないよ」

「別にいいよ。オレがそう思うんだからそれでいいんだ」


それは私のままでいいということ?