正しく言葉が拾えない世界で、キミは怖かった

「かわいい」

(子パンダが好きなのかな?)

一向に餌を手にできない子パンダに夢中になる彼がかわいく見えた。

遠い存在だと思っていた人が嬉しそうにしていると、不思議と私も気持ちが高揚した。

偽りはなくてもただ爽やかに生きる人。

そんな彼にも人前に見せない一面があると知り、私はつい彼の横顔を見つめていた。

それから園内マップに従い、あちこちと動物を見に回っていく。

騒がしくてまともな会話にならなかったが、彼の笑顔をみていると気にならなかった。

「ホッキョクグマにゾウにカピバラ……と」

彼は満足そうに鼻を鳴らし、それはギラギラと目を光らせる。

お昼時を過ぎて、レストランも比較的空いてきた頃、私たちは遅めの昼食をとることにした。

「カピバラかわいかったね」

「お風呂入ってた。気持ちよさそうだったね」

「一緒に入って抱きしめたくなるね」

「あは、それは楽しそう」

カピバラと一緒にお風呂に入る。

なんとファンシーで幸せな夢だろうか。

私だけでなく、彼も心から動物園を楽しんでくれているようでふわふわした気持ちになる。

「メ、メニュー見よっか」

真っ赤になってメニューを手に取り、顔を隠す。

(何か変なこと言ったかな?)

彼の表情が見えなくなることは少しだけ嫌だった。

不愉快な思いをさせていないだろうかと嫌な想像ばかりをする。

いつもニコニコしている彼を見ていると、自分がコミュニケーションをとれないこと忘れてしまう。

それはどこにでもいる普通の人になれたようで、私にも許される場所があると安堵した。


「ね、武藤さん! まゆタレうさぎのランチプレートだって!」

突如、彼がメニューを突き出しハイテンションに声を出す。

定番のメニューとは別に、期間限定コラボメニューとして”まゆシリーズ”が彩っていた。

「ホントだ。あ、まゆクシャいぬもある」

「まゆクシャが好きなの?」

「うん。なんかおじいちゃんみたいでかわいい」

「うん、かわいいね……」

何故だか彼は遠い目をして顔を反らしてしまう。

比較的わかりやすい反応の多い彼だが、読めないときはまったく反応原理が不明だ。

私はそれをじっと見ているしか出来ず、時間は過ぎていった。