彼の”かわいい”に応えられるだけの”かわいさ”はない。

人間というものは他人のネガティブは嫌いなもので、距離をとるべき人の代名詞でもある。


「なおさら別れた方がいいよ」

「なら時間ちょうだい! 絶対、武藤さんのこと大事にするから!!」

こんなに愛情をぶつけられて泣かずにはいられない。

世界は音でごちゃごちゃしていて、厳しく冷たい鞭ばかりが襲ってくる。

「好きに……なってもらいたい」

そんな世界で彼は甘い。

唇をきゅっと結び、切なそうに見つめられるとさすがの私も胸が高鳴るというものだ。


「卒業まで……いや、半年でもいいから! ……付き合ってください」

現在が新しいクラスになり、長期休みを終えたばかりの5月。

謙虚な発言に見えて、結構がっつりとお付き合い期間を主張している。

情熱的で欲深い。

自分を卑下してばかりの私が顔をあげて彼を見ている。

(ずるい。こんな風に言われたら私が悪いみたい)

前を向いて歩いてもいいのだろうか?

辛辣な世界に灯る明るさに手を伸ばしていいのか。

背伸びをしては落ち込んでを繰り返す。

強くありたいと覚悟するにはまだ怖い。

だが彼の手を取るくらいの勇気なら出せるかもしれないと、無意識に口を開いていた。


ーーきゅっ……。

「わ、別れたくなったらすぐに言ってね」

「絶対言わない! ありがとう!!」


底なしの明るさに私は強張っていた頬を緩める。

チクッと痛む胸に手をあてながら、つられて笑った。

愛情には上限がある。

最低ラインまで下がってしまえばその先は氷雨。

いつか彼はきっと嫌ってくれる。

この手を取ることは彼の純粋さを裏切るかのようだ。

「武藤さん好き。めっちゃ好き!」

「いたっ!? 痛いっ! 痛いってばぁ!」


……裏切られたという点では同じか。

彼の愛情はかなりオーバーな気がする。

強気なのか弱気なのか、よくわからないアンバランスな彼とお付き合いは継続となる。

彼にとっての”かわいい”とは危険で爆発的なものだと知るのはもう少し先のこと。