『体調はどう?』
僕が河村さんにメッセージを送ったのは、彼女の体調が悪くなってから一週間経った10月下旬のことだった。
約束していた金曜3限に姿を現すこともなく、校内で彼女を見かけることが一度もないことに不安を覚えて、初めて自分からメッセージを送った。
既読がついたのはそれから3週間経った11月下旬で、返事がきたのはさらにあとの12月頭だった。
『なかなか返事できなくてごめん』
『元気なんだけど、ドクターストップがかかっちゃって』
『なんといま入院中』
連続して送られてきたメッセージの最後には、いつものあのねこのスタンプが押されていた。
『ほんとに? 大丈夫なんだよね?』
『だいじょうぶ、だいじょうぶ。相変わらず心配性だなあ』
『そりゃあ心配するでしょ』
『そうだよね、ごめん。たぶんクリスマス前には学校行けると思う』
『そうなの? 退院できる日がわかったら教えて』
『うん! もちろん!』
そしてこのやり取りをしてから早くも2週間が経ち、なんの音沙汰もないまま12月16日になった。
最初こそ冬休み前に彼女に会えないのではないかと焦燥感に駆られたが、もしかして容体が急変したのではないかと考えたら不安に苛まれ、もはや告白どころではなくなってきた。
講義を受けている間にも連絡が来るのではないかと変にそわそわし、全然内容が頭に入って来なかったから、今季は「落単」が多いのではないかと思う。
増本くんも教職課程の課題が多いらしくサークル室に来ることがめっきり減ったから、メッセージでそれとなく河村さんのことを聞いてみたけれど、彼にも連絡はなにもいっていないようだった。
河村さんも増本くんもいない大学生活は、入学当初を思い起こさせた。
最近はまた以前のようにひとりで時間潰しをすることが多くなったけれど、河村さんが帰ってきたときにたくさん話せるようにと爆速で続刊を読み進めている。
彼女が言っていたお気に入りだという210ページの9行目のセリフもとっくに読み終えてしまった。
『明日の午後、退院します』
やっと彼女から連絡が入ったのは、12月25日、金曜3限のことだった。
◇
27日からは冬休みで休み前の登校最終日は今日になるから、入院していた間の手続きのためにと、午後から退院した足でこちらに向かうという彼女をサークル室で待っていた。
午前中からちらちらと雪が降り始め、小窓から外を見れば降りは朝より強くなっていた。
はらはらと降り続ける雪は踏まれて地面に積もることはなく、最初からなかったかのように跡形もなく消えていく。
ぼーっと外を眺めていると、ドアの外からがたがたと音がした。
彼女が来たのかと思って椅子に座りなおしたけれど、一向に入ってくる様子がないから不審に思ってドアに近づいた。
「あ、久しぶり……っ!」
ドアを開けると、やたら大きな荷物を持った河村さんが元気そうな姿で立っていた。
約2か月ぶりに見た彼女は以前より痩せて顔も青白く見えたけれど、本人がぴょんぴょんと跳ねて嬉しそうに笑うから安心する。
「久しぶり。体調はもう大丈夫なの?」
「うーん……。とりあえず今後も経過観察になったよ。けど無理はしないように、って」
「そっか」
「うん……」
久しぶりで思ったように会話が弾まなくて、お互い気まずさを感じているのが雰囲気でわかる。
「そ、それより、その大きい荷物はなんなの?」
「あ、ああ、これ? 去年サークル室寒いなあと思って、今年は持ってこようって決めてたんだよね」
「……それ持ってきたの?」
「え? うん、電気ストーブ。あったかいのあった方がいいでしょ?」
そう言って彼女は丸裸のままのそれを「はい」と僕に受け渡した。
「ふふっ、これ持ってバス停から歩いてきたの? 目立ったでしょ」
「えっ? あ、言われてみれば。わはは、なんか袋とかに入れて持ってくればよかったね。ほら、一日遅れのサンタクロース的な」
「電気ストーブがプレゼントとかやだよ」
「わはは、それもそうか!」
河村さんのアホが炸裂したおかげで前のような空気感に戻り、さっそく持ってきてくれたストーブを設置した。
ふたりでストーブの前に椅子を運んで、手をかざしながら温まるのを待つ。
「あ……、あったまるの遅いかも。家にあった古いのだから」
「でも、ないよりマシだよ」
「だよねー?」
なんて会話をしながら、長いまつ毛が影を落としている彼女の白い横顔を盗み見ていた。
「……なに?」
「いや、別に……。なんでもないけど」
「ふうん?」
ちょっと照れくさそうに言う彼女はきっと、もう僕の気持ちに気が付いているんだろう。
僕がわかるように、彼女も、きっと。
彼女が入院する前のあの日に感じた甘ったるい空気をもう一度感じて、思っていた日ではなかったけれど彼女に気持ちを伝えようと決意した。
「……あのさ、」
僕がそう言いかけると、彼女は一瞬だけ目を見開きこれまでと打って変わって悲しげな表情を浮かべたあと、わざとらしく僕の言葉を遮った。
まるで、僕に言葉の続きを言わせないかのように。
「ずっと前から聞きたかったことがあるんだ。……わたしのこと、最初どういう人だと思ってた? 例えるならなにに似てる?」
なんの脈絡もなく、唐突に不安そうな顔と声色で彼女が僕に尋ねた。
あまりにも突然のことだったのと、僕の決意が急にへし折られたことで、頭がパニックになってしまう。
そもそも最初とはいつのことだろう。
彼女を遠目で見ていた日のことなのか、それとも初めて喋ったあの日のことだろうか。
例えるって、似てるって、急に言われてもパッと思いつかなかった。
いろんなことを考えあぐね、しっくりと当てはまる良い例えにも辿り着けなくて、しばらく口をつぐんでしまう。
そんな僕を見て、「もういいよ、急に変なこと言ってごめんね」と伏し目がちで言うから、気まずい空気のまま会話は終わってしまった。
当然告白なんてする空気でもなくなって、その後はどうやって時間を過ごしたのかわからない。
気づいたら僕は家に帰っていて、ベッドの上で放心状態になっていたから。