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朝、登校したら、下駄箱の上履きに薄紫色の封筒が置かれていた。
表側の真ん中には《犬上義彦様》、裏の隅には《城之内茉里乃》と、名前だけが記されていた。
僕はポケットに手紙をねじ込み、教室ではなく図書館へ向かった。
予鈴が鳴る自習室で僕はおそるおそる手紙を開いた。
《お元気ですか》
その文字はとても震えていた。
《手紙なんて書き慣れてないから緊張しちゃうね。
本当は自分で下駄箱に入れてみたかったんだけど、お母さんから佐々木ちゃんに頼んで届けてもらいます。
下駄箱に入れる時ってどんなにドキドキするんだろうって、想像するだけでドキドキしちゃうね。
恋って体に良くないね。
私は今日、左脚を切断しました。
骨肉腫という癌の一種で、免疫にも異常があって、おそらく他にも転移していると思います。
前から高校は卒業できないかもと言われていました。
自分でも、そうだろうなと覚悟はしてきました。
最近はよく波打ち際を歩いている夢を見ます。
打ち寄せる波が足跡を消していく様子って、人の死に似てる気がします。
私は生まれてきたけど、誰よりも早く死んで、みんなの記憶からも消えていくんでしょうね。
運命に悔いや不満はありません。
素敵な人に出会えますようにってお願いだけはかなえてくれたから。
ねえ、犬上くん。
小説の続き書いてますか?
この前もらった途中のところまで、毎日何度も読み返しています。
君がくれた二人だけの時間を思い出しながら。
何度も何度も、素敵な瞬間を繰り返せて私は幸せです。
まるでタイムリープしてるヒロインみたいだよね。
また途中まででもいいから読ませてほしいな。
お礼は何も返せないけど、前に約束したもの、先に渡しておくね。
この手紙が私からの針一本です。
ごめんね、最後まで約束を守れなくて》
胸にチクリと痛みを残す手紙の最後に、彼女のお母さんの連絡先が書かれていた。
僕は図書館を出てすぐに電話をしてみた。
病院は家族以外の面会は認められていないそうだけど、特別な許可を取ってあるからすぐに会いに行ってやってほしい。
お母さんにそう教えられて僕は学校を早退し、書きかけの小説が綴られたノートを持って病院へ向かった。