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 自分の名前で困ったこと、みんなあるよね。

 僕の名前は『犬上義彦』だけど、やっぱり、『犬飼ってるの?』とか、『犬が好きなの?』とか聞かれがちでさ。

 だけど、名字って、そういう名前の家に生まれただけとしか言いようがないわけで、実際は犬が好きでも犬を飼ってるわけでもないから、ガッカリされて終わるんだよね。

 と、大げさなことを言ってるわりに、実際には数えるほどしか言われたことはないんだけどね。

 単純な話、僕は非モテボッチ陰キャ男子だからだ。

 小中の頃は、みんなで集まってゲームやサッカーをする時に、『おまえも来いよ』なんて一度も誘われたことがない。

 と言っても、べつにいじめられていたわけではない。

 ボールを投げれば後ろへ飛ぶし、どんな歌でも蛍の光に聞こえると言われ、猫の絵を描けば『キリン?』と首をかしげられる僕にできるのは勉強だけだった。

 主要科目の成績は良かったから、パラメータを全振りしたスペシャルスキルを手に入れたプレイヤーとして小中を過ごしてきたし、そんな努力のおかげで僕は地域一番の進学校に合格できたのだ。

 この高校に来る連中は目的がはっきりしていて、部活に情熱を注ぐ文武両道の生徒や、軽音部なんかで青春を謳歌する連中、そして僕のような孤高のガリ勉ボッチもそれぞれ棲み分けができている。

 いい意味で放置してもらえるからけっこう居心地はいい。

 昼休みは学校の図書館が僕の居場所だ。

 図書室ではなく、図書館。

 僕の通っている高校は江戸時代の藩校が母体で、その時代の和書がたくさん残されていて、それらがまとめて県の重要文化財に指定されている。

 痛みやすい貴重な書物を収蔵するために、そこら辺の自治体のものよりも立派な図書館が敷地内にあるのだ。

 三階建ての一階が一般見学者も入れる展示室で、二階が学校図書室、三階がセミナー室といってパーティションで仕切られた自習席がたくさん用意されている。

 進学校ではガリ勉はむしろほめられるステイタスだ。

 受験勉強に取り組む先輩たちに紛れてしまえば、一人でも決して浮くことはないから、僕みたいなボッチには天国みたいなところだ。

 いちいち自分に卑屈な言い訳をしなくていいところが気に入って、帰宅部自主練として、いつの間にか放課後も入り浸るようになってしまった。

 どこか目標にしている大学があるのかと言われれば、べつにないけど、だからといって勉強することは無駄にはならないだろうし、理系文系問わず、受験対策は早めにしておいた方が有利に決まっている。

 どこにでも陽キャはいて、誰がかわいいとか、体つきがどうのとか、女子の噂話で盛り上がるものだけど、そんなクラスの連中を横目に、僕はずっとこのまま一人でいればいいと思っていた。

 高一のあの日、放課後の図書館で君と出会うまでは。