僕が彼女以外の誰かと共にどこかに行くかなんて一年前の僕には想像すらできなかった。
 青く澄み切った空から照る暖かい日が僕の影を作る。近くの公園の木には桜のつぼみが静かに満開を待っていた。今日は彼女の命日のためクラスメイトとお墓に来ていた。水を汲み彼女のもとに近寄る。昨日注いだ水は蒸発し、あと少ししか残っていなかったので僕は丁寧に注ぐ。優しい水勢が立てる音はまるで彼女が喜んでいる声に聞こえた。
 お墓に向かって手を合わせる。
 僕は心の中で彼女に問いかけた。
 まず遺作の感想を言わないとね……。
 僕はあの作品を読み返してみると嬉しい気持ちでいっぱいにもなった。調子に乗りすぎって君から指摘を受けるかもしれないけど、僕は君に認められた気がした。
 君にとって小説は特別で他人に干渉されたくない世界だと思う。そんな特別な世界に君は僕にみたいな人間を実名で受け入れてくれた。君には感謝してもしきれない。本当は僕もいますぐ死んで、天国で君と共に死後を謳歌したいけど、こんなことしたらダメだよね。限りある命を大切にしないと君に恨まれる。
 僕は彼女の手紙を脳内で再生した。



『やっほー。常陸君元気?
早速だけど、君に一つお願いがあります。これは遺書ではありません。遺作内では遺書と書いてあるのに遺書と呼ばないのはなんだか変だけど、私らしさがにじみ出ていていいと思わない? 手紙とでも呼んでください。遺書って言ったらこの世から完全に消えたようで怖いから。
この手紙では私のすべてを暴露します。生きているうちは恥ずかしかったことも死んだら恥ずかしくないので私の真の気持ちを君に伝えます。もしかしたらびっくりするような仰天内容もあるかもしれませんが受け入れてください。』


『もしかしたら生きているうちに私が伝えていたかもしれませんが私と常陸君は小学二年生の時にサンライズ出雲の車内で出会っています。
……思い出せた? いや、鈍感の君なら写真を二度見しても思い出せないかも……。
私の初恋が芽生えたのはこの瞬間でした。一人鉄道の魅力を大きな声で語る鉄オタ少年。私は一つの物事に一生懸命・一心不乱に向かう君の姿に心をもっていかれました。』


『君は不思議ちゃんです。だって病気のことを言っても全然動揺しないんだもん。でも、私はそんな君が嬉しい……家族は特別扱いするし、病気のことをクラスメイトに言ったとしても妬みの材料として捉えられる。でも君はこんな病弱な乙女(私)に取り繕わずに普通に接してくれるんだもん。
だから、私は君と余計そばにいたくなっちゃったし君を離したくないとも思った。』


『君はひどい奴です。せっかく再開したのに思い出してくれないんだもん。でも、私は伝えるのを諦めた。もし、真実を告げたら君がいなくなってしまう気がいて怖かった……。』


『告白します。告白っていっても好きとかではないよ。がっかりした?
私は出雲に行く前から入院するように促されていました。でも……どうしても……どうしても君と死ぬまでにサンライズ出雲に乗りたかったから反対を押し切っていきました。そのせいで親や病院の先生にはこっぴどく𠮟られたけどね……でも、私のあの時の判断は間違ってなかった。もし、君とサンライズ出雲に乗らなかったら一生後悔していたと思う。余命を削ってまで君と旅行したのは大正解かな。』


『私は君に前々から興味がありました。私と同じで教室で常に本を読んで眉間にしわを寄せている変な男子高校生。私は常陸君に対してそんな印象しかありませんでした。』


『宿題はできましたか? 友達がいない私が言うのはおかしいかもしれないけど、友達を作るっていう君にとっては難易度が高かったと思います。常陸君はなぜ友達作らなかったのですか? 私は今になっても不思議です。友達が出来たらその友達と私のお墓参りに来てください。』


『私は常陸君に謝らなければいけません。お見舞いに来てくれた時、私は「しばらく来ないで」と言いました。実は私は常陸君に二十四時間三百六五日来てほしかた……分かっていたかもしれませんが私の体は確実に弱っていきました。そんな弱った私を常陸君見られるのは死んでも避けたかった。最期は美しく死にたい。弱った情けない姿を見せて死にたくない。だから私は本心でもないあんな言葉を吐きました。でも、君と会えない日常が過ぎていくと共に私は会いたいという気持ちだけが積もっていきました。君は私が残した「実は会いに来てほしい」というメッセージを受け取ってくれました。その瞬間、私の心は涙で溢れました。』


『なんで君は私のことを「君」としか呼ばないのですか? LINEで私のことを呼び捨てで呼ぶよう言ったはずなのに……。多分、君は私という一人の人間を認識するのが怖かったから「君」と呼んでいたんだと思います。私が死んでも悲しみや恐怖を少なくするためにあえて名前で呼ばなかったんだと思います。本音を言うと私は常陸君から「来夏」って呼ばれたかったな。女の子は好きな男子から呼び捨てで呼ばれることが「超」が三つ付くほど嬉しいんだよ。君にはこの嬉しさが理解できないかな。』


『ここで常陸君に問題です。私は何故、別れるときに「今までありがとう」と言ったでしょうか?……正解を発表します。私はいつ死んでもいいようにあんな言葉を言いました。人はいつ死ぬかわからない。その事実はお母さんを何の前触れも亡くした常陸君なら分かると思います。死ぬ瞬間が分かっている病気にかかっていたとしても病気以外で死ぬ可能性があるかもしれない。いつ死んでも死に切れるようにあんな言葉を言ったし、この手紙の少しずつ書いてる。もしかしたら、この言葉の意味を模索していた?』

 彼女の手紙は書きかけで終わっていた。
 墓には「一ノ瀬来夏」と刻まれていた。太陽の光を美しく反射する表面、真新しさはつい最近まで彼女が生きていたことを表していた。
 僕は彼女に報告する。
 君の言っていた宿題を提出しに来ました。こんな僕にも友達ができました。これは僕の「人と関わる」努力が実ったと言っていいんじゃないかな。
 僕は先を歩く啓と西川に声をかける。彼女が出した宿題の丸付けをするためだ。
「なぁ、啓、西川。俺たちってその……友達だよな……」
 西川は手に持っていた桶を肩にかけ、僕の瞳を見つめる。啓は微笑んだ
「違う。俺たちは友達なんかじゃない」
 予想外の答えにびっくりした。
 西川は顔に不敵に笑みを浮かべた。
「俺たちは親友だろ」
 僕も頬笑み返した。啓も微笑み返した。
 許して欲しい。君が生きているうちに宿題を提出できなったこんな僕を。でもこんな僕をほめても欲しい。僕にとっては人と関わるのは想像以上に難しかった。
 時間がかかるかもしれないけどもっと多くの友達に囲まれた僕の晴れ姿を天国から見守ってほしい。



 僕は彼女の墓を後にした。
 しばらくの彼女の墓を見つめていると西川が僕を呼んだので僕はあわてて先を歩く啓と西川に合流する。
 僕は心の中で彼女に誓う。
 また来るよ。
 そして、僕はもう一枚の紙に書かれている彼女の最期の言葉に目を通した。