そう。あれは、理恵に会おうと決心した日。
 純也の思惑通り、私たちが山神公園につくころにはとてもいい感じの景色になっていた。
 八木さんと野田さんが慌てて撮影準備を進め、私と純也は撮影場所として公園に設置された展望台に立った。
 柵から身を乗り出し、町を見下ろす。
 夕日が水平線にかかり、黄金色に輝く海と美しいオレンジ色の空に私は息をのんだ。
「そういえば、明日はなにか予定があるの?」
「予定というか、友だちに言いたいことがあって」
「言いたいこと?」
「でも、正直すごい緊張してる。やっぱやめようかな……」
「だったら、俺で練習すれば?」
「練習って」
 思いがけない提案に思わず笑ってしまったが、純也の顔を見て、私は小さく頷いた。
 練習だなんて思わない。
 私はただ、純也にも知っておいてほしいと思ったから。
「あのさ、私ね」
 そうして私は、純也に病気のことを告白した。
 しかし想像していたよりも、自分に起きた出来事や、自分の気持ちを言葉にするのは難しかった。
 話しているうちに、あれもこれもと話が脱線してしまい、結局、なにが言いたいのか自分でも分からなくなってしまう。
 これは、確かに練習しておいてよかったかもしれない。
 結局、長々と私は自分について語ってしまった。しかし。
「ふーん。奏も大変だねぇ」
 そんな私に対し、あまりにも短く、力の抜けた返答に、私も力が抜けた。
「そうなんですよ。大変なんですよ」
 遠くから波の音が聞こえる。
「なぁ、あのあたりじゃない? 俺たちが出会ったのって」
 純也はそう言って、海辺のあたりを指さす。
「そうそう」
「じゃああそこは覚えてる?」
 純也は町のあちこちを指さす。
 あの建物は一緒に行った喫茶店。その少し離れた建物はゲームセンター。
「けっこう覚えてんじゃん」
「そうなんだけどさ」
 私は長く息を吐いた。
 私はあの時の海の冷たさを思い出せない。
 喫茶店で何を食べたのか。ゲームセンターでなにをして遊んだのか。
 たぶんそうだろうと思い当たるものは思い浮かんでも、絶対にそれだという確信が持てない。
 そうやって私の記憶はだんだんとなくなっていく。
 今のこの時間だって。
「いつか忘れてしまうんだよね。いやだな」
「忘れたらいやだなって気持ちも忘れるだろ」
「そうかもだけど。私は、忘れたくないの。今の時間を」
 初めてだ。こんなにも素直に、思ったことをそのまましゃべるのは。
 私が静かに感動していると、純也はそうだ、と閃いた様子で私を見つめる。
「だったら奏が20歳になったら、この映画を見せてやるよ」
「20歳? なんで?」
「え? なんとなく」
 なんとなくかい、と冷めた目で見ると純也はごまかすようにケラケラと笑うので、私もつられて笑った。
 一緒に笑いながら、純也に伝えてよかった、と心から思った。

 
 そして、私は20歳になった。
 スクリーンに映る純也を私は改めて見つめる。
 あの頃は無邪気な年上だと思ってた。でも、スクリーンに映る純也は、ぜんぜん子どもだ。
 私はもう、大人になった。
 だから、わかることもある。あのころには気づかなかった純也の気持ち。

 純也、寂しかったんだよね。
 みんなと会えなくなることが。みんなに忘れられてしまうことが。
 ごめんね、純也。
 弱くて、ごめん。
 でも、私はもう大丈夫。
 だって私は20歳になったから。
 私、純也よりも年上だもん。
 だからもう逃げない。
 純也のこと、絶対に忘れない。
 どんなに強い風が吹いても、この風船だけは離さない。

 私は八木さんと野田さんを見て、小さく頷く。
「よーい、……スタート!」
 カンッとカチンコが鳴らされ、スクリーンに映像が流れる。