「 秋さん……」
狐さんが、声の主に向かってポツリと呟く。
「おや、雪。こんな所にいたのか。急にいなくなったから心配したんだぞ。 彗が見つけてくれたのか?」
声の主は、狐さんと似たような面を被り、その身に袴を纏っていた。顔が見えないためはっきりと判断することはできないが、歳の頃は二十代後半といったところだろうか。その彼が、泣いている男の子と、狐さんとを交互に見比べた後、私の方へと視線を向けた。
「それから、そこのお嬢さんは、はじめましてかな。何かあったみたいだね。二人が迷惑をかけたかな?」
「あ、いえ……。違うんです」
私は、なぜだろう、咄嗟に狐さんにはたかれた方の手を、反対の掌で覆い隠していた。その動きを、 秋と呼ばれた青年は見逃さなかった。おそらく、狐さんがはたく瞬間も見ていたのだろう。
「その手、怪我をしているみたいだね。手当をしよう。ついておいで。 彗、 雪を頼む」
「……はい。いつもの場所でいいですか?」
「うん。夜も遅い。眠るまで側にいてやって」
「分かりました」
静かに答える狐さんに、チラと視線を向ける。気づいた彼が
「大丈夫だよ。行こう」
とそう言うから。私は、ただ黙って頷いた。
*** ***
連れ立って歩いて十分ほど経っただろうか。
「さ、着いた」
辿り着いたのは境内にある少し大きな建物だった。
「ここは社務所兼僕の自宅でね。さぁ、あがって」
秋と呼ばれた青年が、立ち止まって建物を見上げていた私にそう説明してくれる。
「じゃあ、俺は 雪を寝かせてきます」
狐さんはそう言って、私たちと別れた。 雪と呼ばれた少年は泣き疲れたのだろう、その時にはもう狐さんの背におぶられ、うつらうつらと船を漕いでいた。今にも夢の中に旅立ってしまいそうだ。
「お嬢さんはこっち」
二人を見送ったあと、私たちは彼らとは反対方向に向かって歩き始めた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は 秋。この神社で、もう長いこと神主をしている」
「私は 蓮山です。 蓮山千晴。数字の千に、晴れるって字を書きます」
「蓮山千晴さんか。いい名前だね」
「ありがとうございます」
「さ、この部屋にどうぞ」
廊下に沿って二つほど部屋を通り過ぎた先、三つ目の 襖を開けて、 秋さんは私を中に通してくれた。畳の井草の匂いが、心地よく鼻口を擽る。
「遠慮せず座って。座布団はこれを使ってね。僕は救急箱を持ってくる。それから飲み物……いや、駄目か」
最後の方は独り言なのだろう。 秋さんは腕を組み、何やら思案顔で唸っている。
「喉は渇いている?」
「実は、少し」
「そうか。お茶を出してあげたいんだけど……。あぁ、水なら飲んでも大丈夫か」
「あの、大丈夫、とは?」
「うん? あぁ。君はここの物を口にしてはいけない。 彗から聞いてなかった?」
「え?」
「その様子だと、何も聞いていないのかな?」
「はい。教えていただけますか?」
「……分かった。僕から話そう。けれど手当が先だ。準備をするから少しだけ待っていて。水も持ってこよう」
秋さんはそう言うと、静かに部屋を出て行った。
狐さんが、声の主に向かってポツリと呟く。
「おや、雪。こんな所にいたのか。急にいなくなったから心配したんだぞ。 彗が見つけてくれたのか?」
声の主は、狐さんと似たような面を被り、その身に袴を纏っていた。顔が見えないためはっきりと判断することはできないが、歳の頃は二十代後半といったところだろうか。その彼が、泣いている男の子と、狐さんとを交互に見比べた後、私の方へと視線を向けた。
「それから、そこのお嬢さんは、はじめましてかな。何かあったみたいだね。二人が迷惑をかけたかな?」
「あ、いえ……。違うんです」
私は、なぜだろう、咄嗟に狐さんにはたかれた方の手を、反対の掌で覆い隠していた。その動きを、 秋と呼ばれた青年は見逃さなかった。おそらく、狐さんがはたく瞬間も見ていたのだろう。
「その手、怪我をしているみたいだね。手当をしよう。ついておいで。 彗、 雪を頼む」
「……はい。いつもの場所でいいですか?」
「うん。夜も遅い。眠るまで側にいてやって」
「分かりました」
静かに答える狐さんに、チラと視線を向ける。気づいた彼が
「大丈夫だよ。行こう」
とそう言うから。私は、ただ黙って頷いた。
*** ***
連れ立って歩いて十分ほど経っただろうか。
「さ、着いた」
辿り着いたのは境内にある少し大きな建物だった。
「ここは社務所兼僕の自宅でね。さぁ、あがって」
秋と呼ばれた青年が、立ち止まって建物を見上げていた私にそう説明してくれる。
「じゃあ、俺は 雪を寝かせてきます」
狐さんはそう言って、私たちと別れた。 雪と呼ばれた少年は泣き疲れたのだろう、その時にはもう狐さんの背におぶられ、うつらうつらと船を漕いでいた。今にも夢の中に旅立ってしまいそうだ。
「お嬢さんはこっち」
二人を見送ったあと、私たちは彼らとは反対方向に向かって歩き始めた。
「そういえば自己紹介がまだだったね。僕は 秋。この神社で、もう長いこと神主をしている」
「私は 蓮山です。 蓮山千晴。数字の千に、晴れるって字を書きます」
「蓮山千晴さんか。いい名前だね」
「ありがとうございます」
「さ、この部屋にどうぞ」
廊下に沿って二つほど部屋を通り過ぎた先、三つ目の 襖を開けて、 秋さんは私を中に通してくれた。畳の井草の匂いが、心地よく鼻口を擽る。
「遠慮せず座って。座布団はこれを使ってね。僕は救急箱を持ってくる。それから飲み物……いや、駄目か」
最後の方は独り言なのだろう。 秋さんは腕を組み、何やら思案顔で唸っている。
「喉は渇いている?」
「実は、少し」
「そうか。お茶を出してあげたいんだけど……。あぁ、水なら飲んでも大丈夫か」
「あの、大丈夫、とは?」
「うん? あぁ。君はここの物を口にしてはいけない。 彗から聞いてなかった?」
「え?」
「その様子だと、何も聞いていないのかな?」
「はい。教えていただけますか?」
「……分かった。僕から話そう。けれど手当が先だ。準備をするから少しだけ待っていて。水も持ってこよう」
秋さんはそう言うと、静かに部屋を出て行った。