そう
これは三年前
三年前の、ある夏の夜
一夜の記憶
その一片
*** ***
気がつくと、私は地面に尻餅をつくような体勢でペタリと座り込んでいた。
「ここ、どこ?」
あたりを見渡すけれど、そこにあるのは黒々とした木々ばかり。
そう、“黒々”と。
ばっと見上げた空には月が出ていて、今が夜なのだと、そこでようやっと私は気がついた。暗闇の中、見覚えのない場所に、一人。その事実に気づいた途端、心細さと、言いようの無い恐怖に、身がすくんだ。
帰らなきゃ。そう思ったが、そもそもここがどこなのか分からない。どうしてこんな場所にいるのか、その理由も分からない。何も、何も、覚えていなかった。困惑と恐怖で、自然と涙が込み上げてくる。じわり、じわりと視界がぼやけた。
これは夢なのかもしれない。きっとそうだ。それなら早く、目覚めてよ。早く、早く。念じるように両の手を握り締め、ぎゅっときつく、目を瞑った。
その時、どこからか遠く、ドンと体の芯が突き上げられるような、力強い太鼓の音が聞こえてきた。耳をすませば、その音の中に、ざわざわと人の喧騒も混じっている。
どうしてだろう、さっきまではそんな音、していなかったはずなのに。いや、気がついていなかったのだろうか。目を瞑って、視覚情報が遮られたことで、聴覚の感覚が鋭くなったのかもしれない。そういうことを、何かの本で読んだ気がする。あれは確か、持て余した空虚な時間を埋めるために手にした、本の一冊。
あれ?
私はどうして、そんな空っぽな時を過ごしていたんだっけ。
分からない。記憶に靄がかかったように、また、思い出せなくなってしまった。
ドン、と再び聞こえた音に釣られて、閉じていた瞼を開く。すると目の前に、真っ赤な鳥居が建っていた。最初、そこには暗闇以外、何もなかったはずなのに。
音は、鳥居の奥から確かに聞こえてくる。その先に目を凝らすと、瞳がぼんやり明るい光を僅かに捉えた。私は震える脚を叱咤して立ち上がる。そうしてそのままふらり、ふらりと、まるで導かれるように、そびえ立つ鳥居をくぐった。
これは三年前
三年前の、ある夏の夜
一夜の記憶
その一片
*** ***
気がつくと、私は地面に尻餅をつくような体勢でペタリと座り込んでいた。
「ここ、どこ?」
あたりを見渡すけれど、そこにあるのは黒々とした木々ばかり。
そう、“黒々”と。
ばっと見上げた空には月が出ていて、今が夜なのだと、そこでようやっと私は気がついた。暗闇の中、見覚えのない場所に、一人。その事実に気づいた途端、心細さと、言いようの無い恐怖に、身がすくんだ。
帰らなきゃ。そう思ったが、そもそもここがどこなのか分からない。どうしてこんな場所にいるのか、その理由も分からない。何も、何も、覚えていなかった。困惑と恐怖で、自然と涙が込み上げてくる。じわり、じわりと視界がぼやけた。
これは夢なのかもしれない。きっとそうだ。それなら早く、目覚めてよ。早く、早く。念じるように両の手を握り締め、ぎゅっときつく、目を瞑った。
その時、どこからか遠く、ドンと体の芯が突き上げられるような、力強い太鼓の音が聞こえてきた。耳をすませば、その音の中に、ざわざわと人の喧騒も混じっている。
どうしてだろう、さっきまではそんな音、していなかったはずなのに。いや、気がついていなかったのだろうか。目を瞑って、視覚情報が遮られたことで、聴覚の感覚が鋭くなったのかもしれない。そういうことを、何かの本で読んだ気がする。あれは確か、持て余した空虚な時間を埋めるために手にした、本の一冊。
あれ?
私はどうして、そんな空っぽな時を過ごしていたんだっけ。
分からない。記憶に靄がかかったように、また、思い出せなくなってしまった。
ドン、と再び聞こえた音に釣られて、閉じていた瞼を開く。すると目の前に、真っ赤な鳥居が建っていた。最初、そこには暗闇以外、何もなかったはずなのに。
音は、鳥居の奥から確かに聞こえてくる。その先に目を凝らすと、瞳がぼんやり明るい光を僅かに捉えた。私は震える脚を叱咤して立ち上がる。そうしてそのままふらり、ふらりと、まるで導かれるように、そびえ立つ鳥居をくぐった。