「秋さん」

襖を開けたのは彗さんだった。

「雪は寝たかい?」

「はい。ぐっすり眠っています」

「そう。ありがとう。こちらも怪我の手当は終わったよ。彼女を迎えに来たんだろう?」

「はい。もう行きます」

「うん。じゃあ、その前にこれを」

秋さんが徐に立ち上がり、壁側に置かれた棚から赤い何かを取り出す。手にしたそれを、彼は順に、彗さんと私の手に、そっと乗せた。

「お守り?」

「そう。出口はこの神社の裏の階段だ」

「裏の階段って」

彗さんが何かに気づいたように、ハッとした声をあげる。

「うん。階段へ続く道は邪気が強い。近づかないように言っていた場所だよ。剥身の僕らの魂は干渉されやすいからね。千晴さんは尚更だ。一度呑み込まれたら、もう戻れない。それを知らなかったせいで、闇と消えた人もいるから」

「……」

「このお守りが君たち二人を守ってくれる。決して手放さないように」

「分かりました」

「彗、帰りはそこを通らずに、念を飛ばして帰ってくること」

「念を飛ばす?」

秋さんの言葉に、私は思わず聞き返していた。

「あぁ、僕たちは所謂、幽霊みたいな存在だからね。そういうこともできるんだよ。千晴さんにはできないからね。行きはまともにそこを通るしかないんだけど」

「そう、なんですか……」

私は、改めて手にしたお守りを固く握りしめた。

「二人とも、気をつけて」

秋さんが襖の側に立つ。そこにはもう、儚く消えそうな一人の青年の姿はなかった。出会った時の秋さんが、そこにいた。

「秋さん、さようなら」

「さようなら。もう迷い込んではいけないよ」

彗さんに続いて部屋を出る。この先はおそらく危険なのだろう。でも、不思議と私はこわくなかった。手にしたお守りが、何より、目の前を進む彗さんの背中が、頼もしかった。



*** ***



 今はまだ、祭りの最中だ。境内の方から賑やかな音が、風に乗って耳に届く。

「こっち」

その音とは反対に、私たちは進む。神社の裏手へ。しばらく進むと、だんだんと闇が濃くなってくる。知らず、お守りを握る手に力が入った。

「ここから先は、俺も来たことがないんだ」

彗さんが立ち止まって、こちらを振り向く。

「はい」

「でも、何があっても、必ず帰すから。……行こうか」

「待ってください」

再び前を向きかけた彗さんを、私は呼び止める。

「何?」

彗さんが振り向いて、不思議そうに小首を傾げた。その動きで心なしかズレた面から、チラリと小さな黒子が覗く。

「その前に、お話があります」

私は、そんな彗さんを、真っ直ぐ見つめてそう言った。