最近は、寒くて寒くて仕方がない。
単純に季節が冬ということもあって寒いのかもしれないが、私の場合はそれが原因ではない。
私自身の病が、徐々に私の命を吸い取っているようにも感じられるほど、熱が日々失われていく。
白雪病を発症してから、毎日体温を測ることが日課になっていたが、今は体温を測るのが怖くて逃げてしまっている。
確か、最後に測ったのは半年前。
その時の体温計に表示された数字は30度だった。
一般的な人の体温から約6度近くも下回っている。6度と聞くと大したことないようにも感じるが、体温の場合は別だ。
季節は夏だったはずなのに、夏らしい蒸し暑さは感じられず、むしろ半袖だと寒いまであったくらい。
誰にもバレるわけにはいかないので、無理をして半袖を着て登校をした結果、何度も体調を崩しては保健室のお世話になった。
それから半年が経った今。現在の体温がどのくらいあるのかはわからないが、間違いなく目を疑ってしまう体温なのに変わりはない。
制服の下に貼られた無数のカイロをもってしても、私の体には熱が篭らない。
篭るどころか逃げていくばかり。
悴む手をコートのポケットの中に入れ、カイロを握り潰すように触る。
私の手が冷たいせいか、嘘みたいに冷たく感じるカイロ。
開封してから既に数時間は経過したので、1番熱を持っているはずなのに...
数人の帰宅部に紛れ、私も帰路へ着く。
病気が発覚するまでは、バスケ部のレギュラーとして、結衣と共に県新人戦優勝を目指して日々精進していたのが、今では懐かしいくらい過去のものになってしまった。
私が1番生き生きと輝いていた頃。まさに、人生の最高潮だった。
バスケ部を退部する時、結衣からは当然理由を聞かれたが、私は嘘をついた。
『喘息になっちゃってさ。運動するのが厳しいんだ』
無理やり取り繕った嘘。今思えば、苦しい言い逃れだったような気もする。
誰でも思いつきそうな逃げるための口実。
これが、人生で初めて大好きな親友についた嘘だった。
この日を境に私は、本心を隠したくないのに隠すようになってしまった。
全ては病気のせい。病気が私から様々なものを奪っていったのだ。
パラパラと頭上の遥か上から、真っ白な雪が地に降り注ぐ。
小学生の時は、冬に降る雪が大好きだった。雪が降れば、雪合戦や雪だるまといった季節限定の遊びができるから。
でも、今はそんな気持ちなど一切持ち合わせいない。
雪がこんなにも憎たらしい存在にまで膨れ上がるとは、過去の私には予想することすらできないだろう。
街中を真っ白に埋め尽くしてくれる神秘的な雪。
雪が降り積もる景色もいいが、雪が溶けて煌めく光景もなかなか綺麗だった。
私の過去の記憶によると...全てが美化されたものに感じる。
雪がさらに気温を低下させる。私にとって冬は、一歩間違えれば『死』が目前。
残り余命1ヶ月といえど、こんな道端でパタリと倒れて、そのまま帰らぬ人となってしまうのだけは何としても避けたい。
最後くらいは、どうか誰かに看取られた状態でこの世を旅立っていきたいものだ。
その時に、私の側にいるのが私にとって大切な人たちでありますように。
今の所、思い当たるのは両親と弟の隼人。そして、いつかは打ち明けないといけないであろう親友の結衣。
大勢に看取られて旅立ちたいわけではない。どちらかといえば、親しい者たちに見守られてひっそりと静かに旅立ちたい。
皆の悲しむ顔から目を背けながら、薄れゆく意識の中で思い出を振り返りながら...
「・・・あのさ」
背後から突如聞こえた声に、驚きのあまり肩がビクッと反射する。
恐る恐る後ろを振り向く。
「え・・・」
そこにいたのは、意外な人物だった。
同じクラスとはいえど、全く接点のない人。唯一あるとすると、直近で今日の授業中に助けてもらったことくらい。
ただあの時は、すぐに目線を逸らされてしまったのだけれども...
それ以降は、なんとなく気まずくなってしまって、何回か目は合ったが私の方から逸らしてしまった。
助けてくれたことに「ありがとう」くらいは言いたかったが、結局言えないまま放課後を迎えてしまったというのに。
今になって、彼は私に何の用があるのだろうか。
「一緒に帰らない?」
「どうして・・・」
「んー、一緒に帰りたいからって理由じゃだめ?」
「べ、別にいいけど」
「それじゃ、決まりね」
訳がわからない。なぜ私は彼と一緒に帰ることになるのか。
今までも話したことは数回あるかないか。ましてや、共通の友人がいるわけでもないのに。
流されるままに彼と帰ることになってしまったが、これから何を話せばいいのか思い浮かばない。
頭の中は現状についていくことができず、真っ白な世界が広がったまま。
ぼーっとしている私を置いていくように、先に歩き始めてしまう彼。
自分から帰ろうと誘ったくせに、置いていくなんて自分勝手な人だ。
私がいないことなどお構いなしに、背中が徐々に遠ざかっていく。
このまま気付かれずに1人で帰ってくれないかなと思ったが、私の目論見は甘かったことを痛感させられた。
数メートル先でピタリと止まる足。
彼の前方から照らす夕日が全身を包み込み、アスファルトに黒く伸びる大きな影。
影が伸びて、私の足元まで伸びてくる。
夕日に包まれた体は、神々しさを醸し出すほど美しい。
まるで、私にはないような輝きを持っているような。
「早く行くよ。来ないと置いていくからね」
誰も一緒に帰りたいなどと言ってはいないのに。帰るのが当たり前だと言われているようだ。
承諾はしたものの未だに気持ちは揺らいでいる。
「あ、そうだ。自己紹介まだしてなかったね。俺の名前は神楽玲王。よろしくな!」
「知ってるよ。同じクラスじゃん」
「それもそうか。でもさ、足立さんって他人に興味なさそうだから、俺の名前なんて知らないと思ってたよ。そっか・・・知ってたんだ」
「神楽くんも私の名前知ってたんだね。私クラスでは、目立たない方なのに」
「んー、よくわかんないけど、だいぶ前から足立さんのことは知ってたんだよ」
数メートルの距離を隔てて交わす会話。
周りから見たら、おかしな光景かもしれない。
生憎、私たちの横を通り過ぎたのは、犬の散歩をしたおじいさんだけだった。
少しの安堵とともに、他のクラスメイトに見られたらどうしようという不安が募る。
別にやましいことは何もないが、あと1ヶ月の命の私と噂されてしまう彼がかわいそうだ。
「そうなんだね」
いつどこで知ったのかは聞かなかった。余命宣告される前の私だったら、聞いていたに違いない。
『え、いつから!?』とテンション高めで。
でも、今の私にはそんな元気はない。むしろ、知ったところでどうせあと生きられるのは1ヶ月だけだからと、諦めてしまっている自分がいる。
「なんか、足立さん変わったよね。前よりも落ち着いたっていうか、大人っぽくなった気がする」
分かってないよ。私は落ち着いてなんかいないんだよ。
外見はいくらでも偽れる。大人っぽくなったわけではない。
私は、この世界に諦めがついただけだ。
それが、彼の目には落ち着いて見えるのだろう。ただ絶望しているだけなのに。
「ありがとう。嬉しいよ」
取り繕った不自然な笑みを貼り付ける。いつからだろう。
この作り笑いが日常生活において、当たり前となってしまったのは。
正直、この笑顔は不気味すぎて自分でも見たくはない。
引き攣った頬に、うっすらと半月状に曲がった唇。
全てにおいて、拒否反応が出てしまうくらい見るのに耐えない。
「ねぇ。その笑顔辛くないの?」
初めてだった。余命宣告をされてから、私の偽りの笑顔を見破った者が現れたのは...
「ど、どうして分かったの・・・」
顎に手を当て、悩む素振りをする姿でさえ背後に迫る夕日と重なって、絵になる程綺麗。
まるで、太陽に照らされた彼と夜に飲み込まれてしまいそうな私の『光と影』の構図が出来上がる。
対照的な私たちの間を線引きする境界線。
ふと、思ってしまった。もしかしたら、彼なら私を再び光がさす場所へと連れて行ってくれるのではないかと。
そんな淡い希望を抱きながら、私は彼の自然な笑顔から目が離せずにいた。
単純に季節が冬ということもあって寒いのかもしれないが、私の場合はそれが原因ではない。
私自身の病が、徐々に私の命を吸い取っているようにも感じられるほど、熱が日々失われていく。
白雪病を発症してから、毎日体温を測ることが日課になっていたが、今は体温を測るのが怖くて逃げてしまっている。
確か、最後に測ったのは半年前。
その時の体温計に表示された数字は30度だった。
一般的な人の体温から約6度近くも下回っている。6度と聞くと大したことないようにも感じるが、体温の場合は別だ。
季節は夏だったはずなのに、夏らしい蒸し暑さは感じられず、むしろ半袖だと寒いまであったくらい。
誰にもバレるわけにはいかないので、無理をして半袖を着て登校をした結果、何度も体調を崩しては保健室のお世話になった。
それから半年が経った今。現在の体温がどのくらいあるのかはわからないが、間違いなく目を疑ってしまう体温なのに変わりはない。
制服の下に貼られた無数のカイロをもってしても、私の体には熱が篭らない。
篭るどころか逃げていくばかり。
悴む手をコートのポケットの中に入れ、カイロを握り潰すように触る。
私の手が冷たいせいか、嘘みたいに冷たく感じるカイロ。
開封してから既に数時間は経過したので、1番熱を持っているはずなのに...
数人の帰宅部に紛れ、私も帰路へ着く。
病気が発覚するまでは、バスケ部のレギュラーとして、結衣と共に県新人戦優勝を目指して日々精進していたのが、今では懐かしいくらい過去のものになってしまった。
私が1番生き生きと輝いていた頃。まさに、人生の最高潮だった。
バスケ部を退部する時、結衣からは当然理由を聞かれたが、私は嘘をついた。
『喘息になっちゃってさ。運動するのが厳しいんだ』
無理やり取り繕った嘘。今思えば、苦しい言い逃れだったような気もする。
誰でも思いつきそうな逃げるための口実。
これが、人生で初めて大好きな親友についた嘘だった。
この日を境に私は、本心を隠したくないのに隠すようになってしまった。
全ては病気のせい。病気が私から様々なものを奪っていったのだ。
パラパラと頭上の遥か上から、真っ白な雪が地に降り注ぐ。
小学生の時は、冬に降る雪が大好きだった。雪が降れば、雪合戦や雪だるまといった季節限定の遊びができるから。
でも、今はそんな気持ちなど一切持ち合わせいない。
雪がこんなにも憎たらしい存在にまで膨れ上がるとは、過去の私には予想することすらできないだろう。
街中を真っ白に埋め尽くしてくれる神秘的な雪。
雪が降り積もる景色もいいが、雪が溶けて煌めく光景もなかなか綺麗だった。
私の過去の記憶によると...全てが美化されたものに感じる。
雪がさらに気温を低下させる。私にとって冬は、一歩間違えれば『死』が目前。
残り余命1ヶ月といえど、こんな道端でパタリと倒れて、そのまま帰らぬ人となってしまうのだけは何としても避けたい。
最後くらいは、どうか誰かに看取られた状態でこの世を旅立っていきたいものだ。
その時に、私の側にいるのが私にとって大切な人たちでありますように。
今の所、思い当たるのは両親と弟の隼人。そして、いつかは打ち明けないといけないであろう親友の結衣。
大勢に看取られて旅立ちたいわけではない。どちらかといえば、親しい者たちに見守られてひっそりと静かに旅立ちたい。
皆の悲しむ顔から目を背けながら、薄れゆく意識の中で思い出を振り返りながら...
「・・・あのさ」
背後から突如聞こえた声に、驚きのあまり肩がビクッと反射する。
恐る恐る後ろを振り向く。
「え・・・」
そこにいたのは、意外な人物だった。
同じクラスとはいえど、全く接点のない人。唯一あるとすると、直近で今日の授業中に助けてもらったことくらい。
ただあの時は、すぐに目線を逸らされてしまったのだけれども...
それ以降は、なんとなく気まずくなってしまって、何回か目は合ったが私の方から逸らしてしまった。
助けてくれたことに「ありがとう」くらいは言いたかったが、結局言えないまま放課後を迎えてしまったというのに。
今になって、彼は私に何の用があるのだろうか。
「一緒に帰らない?」
「どうして・・・」
「んー、一緒に帰りたいからって理由じゃだめ?」
「べ、別にいいけど」
「それじゃ、決まりね」
訳がわからない。なぜ私は彼と一緒に帰ることになるのか。
今までも話したことは数回あるかないか。ましてや、共通の友人がいるわけでもないのに。
流されるままに彼と帰ることになってしまったが、これから何を話せばいいのか思い浮かばない。
頭の中は現状についていくことができず、真っ白な世界が広がったまま。
ぼーっとしている私を置いていくように、先に歩き始めてしまう彼。
自分から帰ろうと誘ったくせに、置いていくなんて自分勝手な人だ。
私がいないことなどお構いなしに、背中が徐々に遠ざかっていく。
このまま気付かれずに1人で帰ってくれないかなと思ったが、私の目論見は甘かったことを痛感させられた。
数メートル先でピタリと止まる足。
彼の前方から照らす夕日が全身を包み込み、アスファルトに黒く伸びる大きな影。
影が伸びて、私の足元まで伸びてくる。
夕日に包まれた体は、神々しさを醸し出すほど美しい。
まるで、私にはないような輝きを持っているような。
「早く行くよ。来ないと置いていくからね」
誰も一緒に帰りたいなどと言ってはいないのに。帰るのが当たり前だと言われているようだ。
承諾はしたものの未だに気持ちは揺らいでいる。
「あ、そうだ。自己紹介まだしてなかったね。俺の名前は神楽玲王。よろしくな!」
「知ってるよ。同じクラスじゃん」
「それもそうか。でもさ、足立さんって他人に興味なさそうだから、俺の名前なんて知らないと思ってたよ。そっか・・・知ってたんだ」
「神楽くんも私の名前知ってたんだね。私クラスでは、目立たない方なのに」
「んー、よくわかんないけど、だいぶ前から足立さんのことは知ってたんだよ」
数メートルの距離を隔てて交わす会話。
周りから見たら、おかしな光景かもしれない。
生憎、私たちの横を通り過ぎたのは、犬の散歩をしたおじいさんだけだった。
少しの安堵とともに、他のクラスメイトに見られたらどうしようという不安が募る。
別にやましいことは何もないが、あと1ヶ月の命の私と噂されてしまう彼がかわいそうだ。
「そうなんだね」
いつどこで知ったのかは聞かなかった。余命宣告される前の私だったら、聞いていたに違いない。
『え、いつから!?』とテンション高めで。
でも、今の私にはそんな元気はない。むしろ、知ったところでどうせあと生きられるのは1ヶ月だけだからと、諦めてしまっている自分がいる。
「なんか、足立さん変わったよね。前よりも落ち着いたっていうか、大人っぽくなった気がする」
分かってないよ。私は落ち着いてなんかいないんだよ。
外見はいくらでも偽れる。大人っぽくなったわけではない。
私は、この世界に諦めがついただけだ。
それが、彼の目には落ち着いて見えるのだろう。ただ絶望しているだけなのに。
「ありがとう。嬉しいよ」
取り繕った不自然な笑みを貼り付ける。いつからだろう。
この作り笑いが日常生活において、当たり前となってしまったのは。
正直、この笑顔は不気味すぎて自分でも見たくはない。
引き攣った頬に、うっすらと半月状に曲がった唇。
全てにおいて、拒否反応が出てしまうくらい見るのに耐えない。
「ねぇ。その笑顔辛くないの?」
初めてだった。余命宣告をされてから、私の偽りの笑顔を見破った者が現れたのは...
「ど、どうして分かったの・・・」
顎に手を当て、悩む素振りをする姿でさえ背後に迫る夕日と重なって、絵になる程綺麗。
まるで、太陽に照らされた彼と夜に飲み込まれてしまいそうな私の『光と影』の構図が出来上がる。
対照的な私たちの間を線引きする境界線。
ふと、思ってしまった。もしかしたら、彼なら私を再び光がさす場所へと連れて行ってくれるのではないかと。
そんな淡い希望を抱きながら、私は彼の自然な笑顔から目が離せずにいた。