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湊斗は学校を休んだ次の日からはいつもと同じように家まで迎えに来てくれた。「朝まで映画観てたら昨日昼に目が覚めちゃってさ、めっちゃ母さんから怒られたわ」なんて笑って言う彼はいつも以上にテンションが高かった。
それ以降二人とも学校を休むことなく次の週になった今日からテストが始まる。
「俺全然勉強していわ。赤点取ったらどうしよう」
「前回、次はめっちゃ勉強するって言ってたじゃん」
「いやー部活ないから見たかった映画観るなら今のうちだと思って」
「そんなことだろうと思った。面白かったの教えてよ」
「DVDあるから今度持ってくるわ」
私と美咲が所属する美術部は緩く自由に休めるが、サッカー部に入っている湊斗と悠真くんは週に一日休みの日があればいい方だ。部活が休みの日は一緒に出掛けることが多いし、予定がない日は一日中自主練をしていると悠真くんから聞いた。「一日くらい休まないとしんどくない?」と一度聞いたことがあるが「好きなことをやってるだけだから全然苦じゃないんだよね」と彼は言っていた。テスト期間で部活がない今はいつもより時間があるから彼の言うことも仕方ないのかもしれない。
「紬ー、学校着いたらノート見せて!出そうなとこ教えて!」
「はいはい」
あっという間に学校に到着し、教室に着くといつもの騒がしさが嘘のようにみんなノートや教科書を広げていた。
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「やっとテスト終わったー。今日から部活できる!」
「部活なくてもどうせ自主練はしてたんだろ」
「それは悠真もでしょ。一人でやるのは違うじゃん」
「それはそう」
テスト最終日、終礼が終わった瞬間湊斗はカバンを持って立ち上がる。騒がしくなった教室でも目立つ大きな声を出した彼に悠真くんは冷静に返したが、二人とも早く部活がしたかったのは同じようだ。
「じゃあ、紬また後で!」
「またねー」
「うん、二人とも頑張って」
いつの間にか教室を出ようとしていた二人を見送り、私も教室を出る。隣のクラスに顔を出し美咲と合流すると、一緒に美術室に向かった。
「あれで付き合ってないって意味わかんない」
「そう言われても気が合うだけだよ」
美術部の活動日程は特に決まっていないから、今部室にいるのは私と美咲だけだ。一年の子も一人来ていたが、風景をデッサンしてくる、と荷物だけ置いてすぐに出て行ってしまった。二人しかいない美術室で私たちは話しながらそれぞれの作品を進めている。今の話題はいわば恋バナになっていた。
「だけって、紬も湊斗くんも誰がどう見ても両想いでしょ」
「私はともかく湊斗は友達としか思ってないって」
美咲はたまに私たちを付き合ってると言う。でも、友達、というのが事実だ。私が湊斗を好きなことは知っているけれど、ただそれだけ。いつから好きかなんて分からないくらい、気が付いたら恋に落ちていたのだ。
「ただの友達だったら毎朝迎えに行って一緒に登下校しないよ」
「まあ、湊斗だし」
自分でも意味不明な返答だったと思う。でも、湊斗は誰とでも近い距離では関わるような人だから。私もそのうちの一人にすぎない、そう思うことで自分を守っている。
「今の関係が壊れるのが怖いとかだったら絶対杞憂だから。うだうだしてたら湊斗くん取られちゃうよ」
「そう、だよね……」
今の関係が壊れるのが怖い。思いを伝えて今までのように気軽に話せなくなったらと思うとどうしても勇気が出ない。でも美咲の言うことも確かだ。誰にでもフレンドリーでサッカーでも活躍しているという湊斗のことが気になってると言う人を何度か聞いたことがある。先週も後輩の子から私に「湊斗先輩と付き合ってないって本当ですか?」と聞かれた。事実のままを伝えると「よかった」と嬉しそうにしていたあの子も湊斗が好きなんだろう。心がチクッと痛んだ気がした。
「もうすぐ夏休みだし、告白するには絶好のチャンスじゃん!」
少し表情が暗くなった私に気付いたのか、美咲が明るく言う。
「そうだよね。絶対に夏休み中に告白する!」
「よく言った!頑張れ!」
二人で夏休みの予定を考え盛り上がっていると部活終了時間を告げるチャイムが鳴った。風景画をデッサンしに行っていた後輩はあっという間に帰っていた。私たちも話を続けながら片付けを始めると美術室のドアが開いた。
「紬、お待たせ」
「お疲れ湊斗」
開いたドアの先には肩にタオルをかけた湊斗が立っている。髪は少し乱れ、制服の袖を肩まで捲っている。
「じゃあ、私はお先に。紬、湊斗くん、また明日!」
いつの間にか片付け終わっていた美咲はカバンを肩にかけ、小走りで美術室を出て行った。
「美咲ちゃん早いね」
「ごめん、私ももう帰れる!」
急いでカバンに荷物を詰め込み、湊斗の前まで駆ける。湊斗は「ゆっくりでよかったのに」と笑い、二人で学校を後にする。
「そういえば、さっき美術室ですごく盛り上がってたね。何話してたの?」
湊斗の言葉に今日の美咲との会話を思い出しドキリとする。
「夏休みの話。もうすぐじゃん」
「夏休みかー。もう予定あるの?」
「一日だけ美咲と出かける予定は立ってるよ」
「じゃあ俺とも遊んでよね」
いつもと同じ誘いなのに意識しすぎて鼓動が早まるのを感じる。
「もちろん。部活は?」
「合宿するとか練習試合とか詰まってる。でも休みもちゃんとあるから!」
「相変わらず忙しそう」
二人で話しながら帰っているとあっという間に私の家が見えてくる。話足りなさを感じながらも別れを告げ、湊斗の背中が見えなくなるまで手を振ってから家に入る。
このいつも通りの日常を壊したくないと思いながらも美咲に宣言したことを胸に「頑張ろう」とつぶやいた声は、お母さんの「おかえり」の声にかき消されていた。