六月に入り、少し暖かくなってきた季節。紫陽花が咲き、毎日のように雨が降る季節で、憂鬱な気分になる月だ。けれど僕はそれ以上に、楽しみなことが一つ増えた。

「雅也くん! 待ってたよ」

「菜々花、お誕生日おめでとう」

 ――菜々花の誕生日。

「一応、こんなので良ければ」

「ええっ、クッキーだ。これ雅也くんが作ったの?」

「……うん、作った」

 施設に入所しているとき、料理を学ぶ場があった。それでクッキーの作り方を知り、菜々花に少しでも喜んでもらいたいという思いで僕は作った。

「嬉しい、ありがとう」

「じゃあ、僕のことを話そうか」

 僕は菜々花に打ち明けた。両親がもうこの世にいないこと、施設に入られていたこと、虐められた経験があること。そして四月に、心臓癌で余命一年と宣告されたこと。施設で助けた少女のことは言えなかった。

「……そっか。余命一年、なんだね」

 そう言うと、菜々花は悲しそうに唇を噛み俯いた。

「ごめん、悲しい気持ちにさせちゃったかな」

「……あ、違うの。あとさ、雅也くんは――」

「菜々花様、もうそろそろ検査の時間です」

 菜々花が口を開くと、看護師が来てしまった。そういえば菜々花の病気は何なのだろうか……。検査も週に一度はしているし、深刻な難病なのかな、と考えてしまった。いつか菜々花が打ち明けてくれたらいいんだけれど。

「菜々花、続きは今度話そう。クッキー食べてくれたら嬉しい」

 僕がそう言うといつものように口角を上げて笑みを浮かべた。

「あ、うん! 雅也くんありがとう、バイバイっ」

 ただ、いつもよりも少し切なげな表情をしていたことに僕は気づくことができなかった。