幼馴染のレオ。彼は私にとって憧れの人。
彼はいつも歌っていた。いつか歌手になって世界中の人を笑顔にするんだと瞳を輝かせていた。それは、幼稚園、小学校、中学校に上がっていく中でも一貫していた。それに比べて私は、一貫して自分の気持ちに蓋をし続けていた。
†
「♪一枚の写真 あの時の笑い声がよみがえる だけど現実は──」
小学校の頃、誰もいないはずの教室で呟くように歌っていた歌声は、荷物を取りに来たクラスメイトに笑われる。
「ふふっ。下手すぎ。花稲さんって声はいいのに音痴なんだね」
と音痴の烙印を押された。
それからというもの、私は人前で歌うことが怖くなり、音楽テスト以外の歌うことから逃げ続けた。学習発表会などの学校行事で歌うものならば、堂々と口パクで歌っていた。音痴の私が歌って皆の歌声を邪魔してはならないと、そう思っていたのだ。
中学卒業も間近に迫った頃、私は幼馴染のレオと、お手頃価格のハンバーガーショップに来ていた。
「俺はさ、今後も変わらず音楽の道に進み続けるけど、みのりはさ、高校卒業したらどうするの?」
中学卒業と共に韓国の高校に入学することが決まっているレオは、ポテトをかじりながら問うてくる。
「どうもしないよ。取り敢えず大学には行くけど」
「取り敢えずってなに?」
「取り敢えずは取り敢えず……だよ?」
なんと答えればいいのか分からず、語尾に不安定さが出来る。
「俺さ、いつも思ってたんだよ」
「何を?」
「人生そんな後ろ向きで楽しい? みのりの人生は、取り敢えず、の人生なの?」
「ぇ?」
「キツイこと言ってごめん。だけど、みのりには人生をなぁなぁで生きていて欲しくないんだ。みのりは何も言わないけど、小三の頃から歌わなくなったよね? なんで? クラスメイトからなんか言われたの? 昔はさ、俺と一緒に歌手になる~! とか言ってたじゃん。それが今や、カラオケどころか鼻歌さえ歌わなくなった。なんか言われたの? 良い声してるのにさ、もったいないよ」
――ふふっ。下手すぎ。花稲さんって声はいいのに音痴なんだね。
いい声。と言う言葉に、過去に言われたクラスメイトからの一言と、どこか残念そうに小馬鹿にした顔が脳裏と鼓膜にフラッシュバックする。
「……そんな昔のこと持ち出さないでよ」
「歌、嫌いになった?」
「歌は好きよ。歌はね」
「もったいない」
レオは私の言葉から、歌は好きだけど歌うことは嫌いという思いを汲み取り、残念そうに首を竦めて見せる。
「歌いたければ歌えばいいのに」
「歌える人間なんて一握りでしょ。私はレオと違うの。才能も情熱も何もない──何もね」
私はどこか自嘲気味に言って首を竦めて見せる。
「人と比べてあーだこーだ言っていても仕方ないと思うけどね。だってさ、俺等は一人一人違う人間じゃん。歌わない理由に俺を言い訳に使うのはやめてよ」
「レオを言い訳になんてしていないじゃない」
「じゃあ、なんで?」
「……言いたくない」
「そっか。分かった。じゃぁ、次日本で会う日に気が変わっていることを望むよ」
レオは深く聞かずにいてくれるが、私がもう一度歌うことを諦めてはくれない。
「どんなに望まれたって、きっと答えも気持ちも変わらないと思うけど。大丈夫よ。生まれ変わったらきっと歌っているわ」
「まぁ、今はそれでいいや。人生どうなるか分からないし。季節が移り替わるように、人の心も変化してゆくものだからね。じゃぁ、元気で。また連絡するかも知れないから、携帯番号だけは変えないで」
そう言ってレオは店を後にした。残された私は、二階の窓から路上ライブをする青年を恨まし気に見つめ続けることしか出来なかった。
音楽も好きだし歌も好き。
歌うことは何よりも好きだった。歌うことが楽しかった。あの日までは。
今でも、時折一人で歌うことがある。だけど、楽しくはない。ぁ、今音程ズレたとか、リズム感がないから紙切れみたいに平たいなぁとか、声のコントロールが下手すぎてブレブレだとか、高音が出なければ低音も出せないとか、ダメなとこばかりが耳についてしまって、自嘲するしかできなくなったのだ。
本当は今も歌の道に進めたらどんなに楽しいだろう。歌が上手かったらどんなに良かったのだろう。歌が上手かったら、これからもレオの傍にいられたのかな? そんなことを毎日のように思っている。毎日無意味なことばかりを考えているなと、また自嘲する。そんなタラレバばかりの時間が重なり、今に至っている。今さら努力したとて遅いのだ。
†
深夜0時。
トークアプリに一通のメッセージが届いた。
すでにベッドで横になりウトウトしていた私は、ぼんやりした頭でサイドテーブルに置いていたスマホを手に取る。
通知でレオからのメッセージだとわかる。
ロック画面を開き、メッセージを見る。
【みのり
お誕生日おめでとう🎂
みのりは今、心から楽しい?
みのりは生まれ変わったら歌う……みたいなことを言っていたけど、生まれ変わったら、それはもう〝花(か)稲(とう)みのり〟じゃないよ。生まれ変わったら、もう歌が好きではないかもしれない。生まれ変わったら、みのりの想いも記憶もなくなってしまう。
もしも前世というモノがあるなら、魂に刻み込まれるかもしれないけれど、みのりがみのりとして生きられるのは今世だけ。今だけなんだよ。
俺はこれからも自分を信じて、俺の道をゆくよ。
みのりも、みのりが心から望む自分であれて、望む道を歩めるように、みのりの幸せを遠くからずっと願っているよ。
みのりは音痴じゃないよ。みのりはリズム感悪くないよ。大丈夫だよ。一度、真剣に歌と向き合ってみてよ。きっと、何かが変わるはずだよ?
俺は幼馴染として、楽しそうに歌っているみのりが、みのりの歌声が、みのりの声が、一番好きだよ】
真夜中の誕生日メッセージは、幾つかの嘘が含まれたものだった。
音感やリズム感のいいレオになら、私の歌がどれほどズレているのか分かるだろうに。そんな見え透いた嘘をついてどうするのだ。真剣に歌と向き合った所で無意味な時間が過ぎるだけだ。また傷つくだけだ。それならずっとこのままでいい。
レオの見え透いた嘘よりも、〝幼馴染として〟という言葉がつらい。わざわざ幼馴染を強調しなくてもいいじゃない。やっぱり私はレオにとって、幼馴染でしかないと実感するしかなくなってしまう。
私は質問付きの誕生日メッセージになんと返信すれば良いかわからず、ペコリとお辞儀するあざらしのスタンプ一つだけ送り、スマホの電源を落として眠りについた。
その二日後。
卒業式が終わり、レオは海外へと旅立ってしまった。
三歳から十七歳までの間、どんな腐れ縁なのかと思うほどずっと傍にいたレオが、私の傍からいなくなってしまった。私の心にぽっかりと穴が開いたようだ。なんて寒くて冷たくて、寂しいのだろう──。
彼はいつも歌っていた。いつか歌手になって世界中の人を笑顔にするんだと瞳を輝かせていた。それは、幼稚園、小学校、中学校に上がっていく中でも一貫していた。それに比べて私は、一貫して自分の気持ちに蓋をし続けていた。
†
「♪一枚の写真 あの時の笑い声がよみがえる だけど現実は──」
小学校の頃、誰もいないはずの教室で呟くように歌っていた歌声は、荷物を取りに来たクラスメイトに笑われる。
「ふふっ。下手すぎ。花稲さんって声はいいのに音痴なんだね」
と音痴の烙印を押された。
それからというもの、私は人前で歌うことが怖くなり、音楽テスト以外の歌うことから逃げ続けた。学習発表会などの学校行事で歌うものならば、堂々と口パクで歌っていた。音痴の私が歌って皆の歌声を邪魔してはならないと、そう思っていたのだ。
中学卒業も間近に迫った頃、私は幼馴染のレオと、お手頃価格のハンバーガーショップに来ていた。
「俺はさ、今後も変わらず音楽の道に進み続けるけど、みのりはさ、高校卒業したらどうするの?」
中学卒業と共に韓国の高校に入学することが決まっているレオは、ポテトをかじりながら問うてくる。
「どうもしないよ。取り敢えず大学には行くけど」
「取り敢えずってなに?」
「取り敢えずは取り敢えず……だよ?」
なんと答えればいいのか分からず、語尾に不安定さが出来る。
「俺さ、いつも思ってたんだよ」
「何を?」
「人生そんな後ろ向きで楽しい? みのりの人生は、取り敢えず、の人生なの?」
「ぇ?」
「キツイこと言ってごめん。だけど、みのりには人生をなぁなぁで生きていて欲しくないんだ。みのりは何も言わないけど、小三の頃から歌わなくなったよね? なんで? クラスメイトからなんか言われたの? 昔はさ、俺と一緒に歌手になる~! とか言ってたじゃん。それが今や、カラオケどころか鼻歌さえ歌わなくなった。なんか言われたの? 良い声してるのにさ、もったいないよ」
――ふふっ。下手すぎ。花稲さんって声はいいのに音痴なんだね。
いい声。と言う言葉に、過去に言われたクラスメイトからの一言と、どこか残念そうに小馬鹿にした顔が脳裏と鼓膜にフラッシュバックする。
「……そんな昔のこと持ち出さないでよ」
「歌、嫌いになった?」
「歌は好きよ。歌はね」
「もったいない」
レオは私の言葉から、歌は好きだけど歌うことは嫌いという思いを汲み取り、残念そうに首を竦めて見せる。
「歌いたければ歌えばいいのに」
「歌える人間なんて一握りでしょ。私はレオと違うの。才能も情熱も何もない──何もね」
私はどこか自嘲気味に言って首を竦めて見せる。
「人と比べてあーだこーだ言っていても仕方ないと思うけどね。だってさ、俺等は一人一人違う人間じゃん。歌わない理由に俺を言い訳に使うのはやめてよ」
「レオを言い訳になんてしていないじゃない」
「じゃあ、なんで?」
「……言いたくない」
「そっか。分かった。じゃぁ、次日本で会う日に気が変わっていることを望むよ」
レオは深く聞かずにいてくれるが、私がもう一度歌うことを諦めてはくれない。
「どんなに望まれたって、きっと答えも気持ちも変わらないと思うけど。大丈夫よ。生まれ変わったらきっと歌っているわ」
「まぁ、今はそれでいいや。人生どうなるか分からないし。季節が移り替わるように、人の心も変化してゆくものだからね。じゃぁ、元気で。また連絡するかも知れないから、携帯番号だけは変えないで」
そう言ってレオは店を後にした。残された私は、二階の窓から路上ライブをする青年を恨まし気に見つめ続けることしか出来なかった。
音楽も好きだし歌も好き。
歌うことは何よりも好きだった。歌うことが楽しかった。あの日までは。
今でも、時折一人で歌うことがある。だけど、楽しくはない。ぁ、今音程ズレたとか、リズム感がないから紙切れみたいに平たいなぁとか、声のコントロールが下手すぎてブレブレだとか、高音が出なければ低音も出せないとか、ダメなとこばかりが耳についてしまって、自嘲するしかできなくなったのだ。
本当は今も歌の道に進めたらどんなに楽しいだろう。歌が上手かったらどんなに良かったのだろう。歌が上手かったら、これからもレオの傍にいられたのかな? そんなことを毎日のように思っている。毎日無意味なことばかりを考えているなと、また自嘲する。そんなタラレバばかりの時間が重なり、今に至っている。今さら努力したとて遅いのだ。
†
深夜0時。
トークアプリに一通のメッセージが届いた。
すでにベッドで横になりウトウトしていた私は、ぼんやりした頭でサイドテーブルに置いていたスマホを手に取る。
通知でレオからのメッセージだとわかる。
ロック画面を開き、メッセージを見る。
【みのり
お誕生日おめでとう🎂
みのりは今、心から楽しい?
みのりは生まれ変わったら歌う……みたいなことを言っていたけど、生まれ変わったら、それはもう〝花(か)稲(とう)みのり〟じゃないよ。生まれ変わったら、もう歌が好きではないかもしれない。生まれ変わったら、みのりの想いも記憶もなくなってしまう。
もしも前世というモノがあるなら、魂に刻み込まれるかもしれないけれど、みのりがみのりとして生きられるのは今世だけ。今だけなんだよ。
俺はこれからも自分を信じて、俺の道をゆくよ。
みのりも、みのりが心から望む自分であれて、望む道を歩めるように、みのりの幸せを遠くからずっと願っているよ。
みのりは音痴じゃないよ。みのりはリズム感悪くないよ。大丈夫だよ。一度、真剣に歌と向き合ってみてよ。きっと、何かが変わるはずだよ?
俺は幼馴染として、楽しそうに歌っているみのりが、みのりの歌声が、みのりの声が、一番好きだよ】
真夜中の誕生日メッセージは、幾つかの嘘が含まれたものだった。
音感やリズム感のいいレオになら、私の歌がどれほどズレているのか分かるだろうに。そんな見え透いた嘘をついてどうするのだ。真剣に歌と向き合った所で無意味な時間が過ぎるだけだ。また傷つくだけだ。それならずっとこのままでいい。
レオの見え透いた嘘よりも、〝幼馴染として〟という言葉がつらい。わざわざ幼馴染を強調しなくてもいいじゃない。やっぱり私はレオにとって、幼馴染でしかないと実感するしかなくなってしまう。
私は質問付きの誕生日メッセージになんと返信すれば良いかわからず、ペコリとお辞儀するあざらしのスタンプ一つだけ送り、スマホの電源を落として眠りについた。
その二日後。
卒業式が終わり、レオは海外へと旅立ってしまった。
三歳から十七歳までの間、どんな腐れ縁なのかと思うほどずっと傍にいたレオが、私の傍からいなくなってしまった。私の心にぽっかりと穴が開いたようだ。なんて寒くて冷たくて、寂しいのだろう──。