海の中に飛び込んでキャッチした写真は、転んだ際に残念ながらびしょびしょになってしまった。

「乾いたら元通りになるかなぁ、この写真」
「多分。っていうか、写真ならいくらだって現像できたのに」
「あ、その手があったか……!」
「たまに日依は思いもよらない無茶するよな」
「なっ……」
「だからこそ目が離せなくなるんだけど」
「む。うるさいぞ」

 そんな軽口を叩き合いながら、私と映は家に向かって急いでいた。
 一刻を争うように急ぎ足で進むのは、一瞬でも気を緩めたら寒さに意識を支配されてしまうからだ。10月の空はどんよりと曇り、太陽が顔を出す気配は望めない。冷たい風は、水に濡れた体を容赦なく冷やそうとする。
 早く家に帰って温まりたい。

 自宅に帰ろうとした映を半ば強引に引き連れ我が家に着くと、私は急いで玄関の鍵を開けた。

「ただいまぁ!」

 だれもいない家の中に向かって乱雑に声を放つ。
 近所のスーパーでパートとして働いているお母さんは、いつも17時にならないと帰ってこない。

「おじゃまします」

 背後で映が私に続く。

 私は映の腕を掴んで、そのまま脱衣所に直行した。
 そして素早くタオルを2枚手に取ると、1枚を映の頭に乗せ、わしゃわしゃとタオルで髪の水分を飛ばす。

「ぁ、え」
「ほら、乾かすからじっとしてて」

 背伸びをして頭ひとつぶん以上大きい映の髪を乾かしていると、タオルの隙間からゆらめく双眸が覗きカーブを描いた。

「ありがとう、日依」

 ……うう、そんなに近くで笑ってくれるな。きゅんとしてしまうじゃないか。

 邪念を振り払い、髪を乾かすことだけに意識を集中させていると、映が私の片手からもう1枚のタオルをとり私の頭に被せた。

「あ、ちょっと」
「日依も。ほら、乾かし合いっこ」

 彫刻のような顔が崩れて現れたくしゃっと無邪気な笑みに、思わず面食らう。ぐうの音も出なくなるとは多分こういうことを言うのだろう。攻撃指数が高すぎて、惚れた身の私は完敗の白旗を上げることしかできない。翻弄されっぱなしだ。
 濡れたシャツの襟から覗く妖艶に光る鎖骨が目の高さにあり、そちらも心臓に悪い。歳を重ねるにつれて本人は無自覚の色気が増し増しになっているから、たちが悪いのだ。

「ま、……ったく、しょうがないなぁ」

 可愛くない言葉に隠れ、私はされるがままになってあげることにした。そしてなんだか嬉しそうな映の髪を、ただ無心でわしゃわしゃと乾かし続けた。