「お~! すごい!」

 思わずはしゃいだ声をあげ、私は小走りで駆けた。

 日に日に、日照時間が短くなっている。17時を過ぎた頃、あたりが暗くなったのを見計らい、私たちは近所の公園にやってきた。

 今日からイルミネーションが始まったのだ。いつもひとけがなく寂しい公園は、冬の一定期間だけきらきらと輝きを身に纏う。公園の中心にそびえ立つ巨木に、イルミネーションが施されるのだ。この見上げるほど大きな木はたしか欅だと、公園の管理人さんから聞いた記憶がある。
 日中は裸で寒そうな欅が、きらきらと自信に満ちたような輝きを放っている。

「すごい……」
「すごいな」

 イルミネーションで身を包んだ巨大な欅を見上げ、私たちは声を重ねた。

 ……可笑しい。こんなふうに誕生日という日を大切に過ごしているなんて。
 今朝までの私は、じんわり温かい気持ちでイルミネーションを見上げていようとは、これっぽっちも思っていなかった。

 ふと隣を見ると、まっさらな瞳にイルミネーションの光を反射させ欅を見上げる映がいた。

 ふと手の甲がぶつかった。直後、包み込むように大きく骨ばった手で、左手を握られる。

 同じ景色に瞳を染めて、隣に並んで手を繋いで、泣きたくなるほど愛おしい時間だった。まるで地球上に私たちふたりしか存在していないのではないかという錯覚さえ起こす。

「私、一生忘れたくないな。この景色を映と見たこと」
「ああ、俺も」

 ふと視線が交わった。
 時が止まったようだった。再び時を動かしたのは、こちらに伸びてきて頬に触れた映の手だった。

 頬に手をあてがわれ、視線を縫い留められたように目を逸らせない。映の瞳に熱っぽい温度が潜み、その瞳がすうっと妖艶に細められる。
 少しずつ、私たちの距離が近づいていく。
 そして唇が触れ合う――その寸前だった。くらっと眩暈がしたのは。
 ふらついた体を支えたのは、映の腕だった。

「大丈夫か?」
「う、うん、大丈夫。ちょっと貧血起こしただけ……」

 血の気のない顔だと知りながら無理やり笑みを作り、支えてもらった腕から距離を取る。

 夢の時間は覚めていた。現実は私を解放してはくれないのだ。

「日依?」

 心配そうに大きな背を屈め、私の顔を覗き込んでくる映。
 私はきゅっと下唇を噛みしめた。

「……神様が見張ってるのかも。お前はこれ以上幸せになっちゃいけないぞって」

 まるで釘を刺されたようだった。私には幸せになる資格がないことを思い出させられる。

 するとその時、暗闇の中に落ちていきそうだった腕を掴まれた。
 はっとして顔を上げれば、映が瞳を柔和に細めて微笑んでいた。

「それなら神様から隠れよう」
「え?」

 そして映は私の腕を掴んだまま、早足で歩き始めた。

「映……?」

 映はこちらを振り向きもしないまま、ずんずんと公園の奥の方へと進んでいく。そして雑木林に入り、映が足を止めたのは小さな頃にふたりで作った秘密基地だった。

「ここ……」

 古びた小屋の外壁には蔦が張り付いている。今にも強風で吹き飛ばされてしまいそうだけど、まだたしかにそこにあった。
 私たちは並んで、土だらけの床に座る。高校生になった今では、ふたり肩を寄せ合って並ぶだけでぎりぎりの狭さだ。

「ここなら神様だって見えないだろ」

 映が控えめにいたずらっぽく笑った。
 私は湿った鼻をすすって、思わず小さく苦笑した。

「神様から隠れるなんて、悪いことしてるみたい」
「ああ。俺たちは共犯者だ」

 囁き合い、そしてゆっくり瞳の熱が交わる。
 無欲で清廉な君の瞳に、初めてそこに潜む欲を見た。

「――触れていい……?」

 掠れた映の声に、私は考えることもなく頷いていた。
 そして刹那の間ののち、今度こそ私たちはキスをした。

 どきどきしている。心臓が全力疾走をしている。
 ああ、私、今生きているんだと、そんなことを頭の片隅で思った。

 私の心の真ん中にはいつだって君がいる。君以上に想える人なんて、80億人の中にだっていない。
 手に負えないほど好きだ。