カーテンの隙間から眩しい光が差し込む頃、頭上でスマホのアラームが鳴り響き、意識が浮上した。
 10月20日、日曜日。今日が私の誕生日だ。

 映との"デート"は13時に駅前集合。計画は全部映がたててくれているため、なにをするかどこに行くか、事前には知らされていない。

 服装は案の定迷いに迷って、前に夏葉に褒められた淡色系のコーディネートにした。白いブラウスに淡い茶色のカーディガン、チェックの膝上スカート。それにアイボリーのマフラーを合わせる。少し足がスース―するけれど、先人もおしゃれは我慢だと言っていた気がする。

 待ち合わせ場所である駅前には30分も早く着いてしまった。
 一昨日まで顔を合わせていたはずなのに、デートという概念のもと会うとなるだけで、どうしてこんなにも緊張するのだろう。少し風が吹くたびにいちいちコンパクトミラーで髪型をチェックしてしまう。
 そわそわと落ち着かないまま待っていると、約束の10分前にその姿は現れた。

 映は遠目に私の存在を認めると、その途端ぱっとその表情を華やがせ、「日依」とこちらへ駆け寄ってくる。私も思わず頬が緩んでしまう。

「お待たせ。ずいぶん早かったな」

 黒のジャケットに、フード付きのパーカーと黒のスキニーパンツを合わせている映は、少しダボッとした制服姿よりも体のラインが見えるせいか、しゅっとして見える。
 ……やばい。控えめに言っても破壊的にかっこいい。いつもよりも大人びて見える。

「誕生日おめでとう、日依」

 頭上で太陽が笑った。
 ぽっと灯る幸福感で心が満たされる。

「映、ありがとう」

 小さな頃から毎年欠かさず言い合っていた言葉なのに、なぜか特別な響きで胸の中に余韻を残した。





 電車を乗り継ぎ、20分。
 映が最初にわたしを連れてきたのはプラネタリウムだった。

 最近リニューアルされて注目されているプラネタリウムは商業施設の最上階にあった。
 私の友人たちも彼氏と一緒に行ったという話をしていて密かにプラネタリウムデートに憧れていたから、目的地を知った時は驚いたし、私のことをわかってくれているという心が繋がっている実感が嬉しかった。

「割と空いてるな」
「ね」

 日曜日ということでカップルや家族連れで混雑しているかと思っていたけれど、予想よりも中は空いていた。これならゆっくりプラネタリウムを満喫できるだろう。

 ドームへと入ると、薄暗く荘厳な雰囲気が私たちを迎えた。

 シートは、人がふたり並んでもたれかけられる広さのペアシートだ。
 プラネタリウムと言えば小学生の時に文化会館で見た以来で、その時の座席は当然のように映画館のように席が並ぶごく一般的なものだった。だから友人からこのシートの話を聞いた時は驚いたっけ。プラネタリウムも時代に合わせて進化しているらしい。

 映が予約しておいてくれたシートに、並んで腰掛ける。

「うわぁ、すごい……」

 頭上の光景に、思わず感嘆の声が漏れる。
 アーチ形の天井にはたくさんの星座が映し出され、満点の星空の下にいるようだ。
 
 こうしていると、中学時代に学校の屋上でふたり並んでよく昼寝をしていたことを思い出す。まるで学校の屋上で星空を眺めているような、そんな錯覚に陥る。

「どうしよ、楽しみ」
「俺も。割としっかりわくわくしてる」
「ふふ、なにそれ」

 今までよりぐっと縮まった距離で目を合わせ、声を潜め、高揚感を共有する。

 手を繋いだ瞬間の意識や実感はなかった。それくらい自然に音もなく示し合わせることもなく、私たちは手を繋いでいた。手を繋ごう、そう思った瞬間が多分重なったのだろう。

 隣の映に目を向ければ、映は頭上を見上げるその瞳に星空を映していた。彼の瞳そのものが満点の星空になっているようだ。

 やがて定刻になると、プログラムが始まった。地図のどこかにあるいろいろな島から見える星空が映し出される。
 雲や光に遮られることのない星空は、まさに圧巻の一言だった。日本にいたら見られない景色だ。
 星空を通して世界を旅しているような、そんな気にさえなる。私は今、映と一緒に世界を旅しているのだ。

「綺麗……」

 暗がりに溶けてしまいそうな声で呟く。
 すると隣の映がそれを拾い上げてくれる。

「綺麗だな」

 めくるめく星空の世界に夢中になっていると、やがてプログラムが終わった。

「最高だったな」
「感動しちゃった」

 プラネタリウムの感想を言い合いながらドームを出る。余韻を言葉にしていると、それは感動に変わる。

 それに天体に関する知識が豊富になった気がする。理科の時間で天体について勉強した時は退屈とさえ思っていたのに、実際の映像と共にわかりやすく解説してもらえたおかげで、天体を学ぶことが楽しいことだと思えた。

 映と手を繋ぎ満天の星空を見上げる、それはあまりに密やかで濃密な時間だった。