『率直に申し上げますと、日依さんの余命は10年です』
私の小さな世界を一瞬で反転させた、医師から告げられたあの残酷な言葉は、今も耳の奥に呪詛のようにこびりついている。
あれから数ヶ月、私は毎日泣いていた。お父さんとお母さんにバレないよう、お風呂の中でシャワーを流しながら、布団にくるまりながら、声を押し殺して何度も泣いた。
なんで私だけがこんな試練を与えられなければいけないのかわからなかった。
なにより両親に悲しい思いをさせる自分が許せなかった。お父さんとお母さんより先に死ぬなんて、多分一番の親不孝だ。
神様はなんで私に10年という猶予を与えたのだろう。
あの頃は、いっそ今すぐにでも死んでしまいたいとさえ思っていた。10年もの間、迫りくる死の気配に怯え続けるなんて生殺しだ。
これから先どんな楽しいことをしていても、どんな綺麗な景色を見ていても、心からそれを楽しむことは一生できないのだ。
私にはもう、死ぬことと同じくらい、生きることが怖くなった。死ぬために生きるなんて、そんなのあまりに虚しい──。
余命を宣告されたあの日、この心は死んだも同然なのだ。
「今週末、日依の誕生日だな」
コンビニで買ったからあげをひとつ口に放りながら、突然映がそう言いだした。
「うん、そう」
隣で同じく串に刺したからあげを齧りながら、わたしは頷いた。
今日は久々に、映から『一緒に帰ろう』と授業中にメッセージをもらったから、ふたりで帰ることになったのだ。
そしてこれまた映の提案で、コンビニで小腹を満たすものでも買おうということになった。ご馳走するから好きなの選んでと映が言うから、ふたりで食べられるようにからあげが5個入ったパックをチョイスしたのだけれど、買ってからもっと女子力が高いものにすればよかったと後悔したことは、映には内緒だ。
さっきまで今日の出来事を報告し合っていたはずなのに、突然割って入ってきた誕生日という響きに、心が水を含んだように重くなっていく。今のわたしは、年をとることがなにより怖いのだ。だから誕生日なんて憂鬱でしかなかった。
これから毎年、あと何年あと何年と、減っていく数字に怯えなければいけないのだろうか。
果てしない絶望に打ちひしがれそうになった時。
「なぁ」
私より少し前に出た映が、不意に足を止めて、こちらを振り返った。西日を背にして、映の輪郭が夕陽のオレンジで彩られる。
「ひよの誕生日、俺がもらっていい?」
「え?」
思いがけない発言に、わたしは一瞬自分の耳を疑わずにはいられなかった。だって、こんなの……。
「一応、デートのお誘いってやつです」
おこがましくも思ってしまったことを言葉にされて、今度こそかぁぁっと顔が赤くなる。
これまでも、休日に一緒に出掛けたりすることは何度かあった。でもこんなふうに改まってお誘いを受けたことはない。
恥ずかしさと嬉しさで、心臓が暴れている。けれど、マフラーに口元を埋めた映の耳の縁も赤くなっていて。
「お願い、します」
私は持っていた齧りかけのからあげを背に隠し、それから深々とお辞儀をした。
憂鬱で逃げたいはずの誕生日が、楽しみなものへと変わった。